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ラビット・ホール [映画]

2010 アメリカ 評価S
イマジカBS 6/4

甘めだけど評価Sをつけておく。静かな進行で地味な展開の作品だが、飽きずに見れたので面白いことは面白かったのだろう
幼い息子を亡くした夫婦の話。先にちらりとは概要を読んでいて、なにか勘違いしていたのか、サスペンス調の盛り上がる作品かと思っており、序盤は静かな始まり中盤まで地味な展開ではある。イライラしてなにごとも悪い方向へ話を持っていくという嫌な性格をした女の地味で些末な生活を描いた作品に思えた。しかし、ここから何か起こるかと期待していたが、最後までこの調子だった。

ラストシーンが終わりスタッフロールでかかる音楽が静かで優しく切なげながらも温かみのあるインスト。ラストシーンでこの夫婦の問題はなにも解決していないけど、この音楽が象徴するように、バッドエンドではない。
主人公ベッカの母親、この母親も息子を亡くしているがそれは息子が30歳の時であり、ベッカの息子とはやや異なり、そのことで言い合いになったりもしているのだが、その母親のセリフに息子を亡くした痛みは最初は大きな岩だったが、今ではポケットの中の小石、あることさえ忘れてしまうこともあるが、ポケットに手を入れればいつもそこにある、というようなものがあったが、ベッカ夫婦も息子の死を受け入れ社会で生活を営むという方向へ向かっているというラストなのだろう。

主演のニコール・キッドマンが製作も兼ねている。ナタリー・ポートマンといつもごっちゃになってしまうが、ニコール・キッドマンのほうは自分はほとんど見たことがない。もしくは見ていても印象に残っていないのかもしれない。
いま出演作履歴を見ていたが、そういえば今日のNHKBSで彼女の代表作らしき「誘う女」というのがやっていた。そしてこれまた代表作だと思われる「めぐりあう時間たち」も録画してあるはず。早々に見てみよう

タイトルは、登場人物の一人が描いてるコミックのタイトルで並行世界をテーマにしたもの。物語としては、ベッカはその考え方に興味を示しており、息子を失った自分とは別の並行世界を信じて、社会性を取り戻す一歩としているとも解釈できそう

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パッチ・アダムス トゥル―・スト―リ― [映画]

1998 アメリカ 吹替版
04/21(金) 18:30 -
BS朝日1|144分

本日は3本も見てしまった。疲れた
ロビン・ウィリアムズ主演
実話に基づく話とのこと。映画のための誇張はあるのだろうと思う。作品では自殺衝動があり、自ら入院し、その施設内で医者になろうと思い立ち、自分の判断で退院。医科大学に入学となっていて、かなり年齢が行ってからの入学と描かれているが、実際の生い立ちを見ると20歳になる前に入学してるようだ。
また作品内では大学卒業のところで終わっており、在学中に無料診療の診療所を立ち上げていて、在学中になんでそんなことできるのかちょっと疑問ではある。また学生なのに、一緒に設置されている病院内でかなり自由に患者と接しているのもちょっと変に思う。もちろん実際の患者と接しての実地授業ということはわかるが。
ラスト付近にヒロインが殺されるという重いエピソードがあり(描写はない)、そこまでのストーリーからするとちょっと意外。またそれを受けて主人公パッチがその無料診療所を投げ出すという展開も意外であった。といってもすぐ立ち直るのだけど。

ロビン・ウィリアムズ出ずっぱりの作品で、かなり芸達者なところが見れる反面、こういう作品となるとちょっと彼にやりすぎ感を感じ食傷気味になる場面もある

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奇跡のシンフォニー [映画]

2007 アメリカ 評価S
06/26(月) 21:00 -
NHKBSプレミアム|115分

素晴らしい出来。序盤でとても良い場面が多く、最後までもつかと心配だったが、ダレることなし。ラストシーンも完璧。
ファンタジー作品でまあ現実にはあり得ない設定である。
天才的音楽の素質を持つ少年、エヴァンの物語。この両親も音楽家なのだが、両親は一度出会ったきり。エヴァンも不幸にも手放さざるを得ない状況になり、3人は離れ離れに暮らしているとう状況。
エヴァンは施設に入っていて、その様子と、両親の馴れ初めが交互に描かれるのが序盤。
父親であるルイスはロックミュージシャン、母親であるライラはチェロ奏者。ある晩、両者は別の場所で演奏をしている。ここでルイスの歌にライラの演奏が共鳴していくところはなかなか良い、そしてこの演出はラストにもある。
二人は同じ店に演奏の打ち上げで訪れ、二人ともが店を抜け出したところで出会う。この場面ではヴァン・モリソンの「ムーン・ダンス」を男が歌う。
エヴァンの方は施設を抜け出し街に出る。ここで街中の音(音楽でなく)に反応していくエヴァンの表情が素晴らしい。まず店先に売ってる打楽器(調べてみたがウィンドチャイムというやつかな)、そして地下鉄の音、スケートボードの音など。
ストリート・ミュージシャンをやっている少年アーサーと出会い、アーサーが身を寄せている街で家出少年少女を集め金稼ぎをしているウィザード(演じるのはロビン・ウィリアムズ)の許で世話になることになり、ストリート・ミュージシャンを始めるがウィザードはその才能に驚愕し、彼を「オーガスト・ラッシュ」と名付け売り出しにかかる。その後はエヴァンの様子と両親のその後がまた交互に描かれ、現在(エヴァンの活動している作品内の現在)3人は離れ離れながらも元気に生活していることがわかる。
そして3人の再会に向けての話が後半。エヴァンはウィザードの許を抜け出し、ジュリアード音楽院になぜか入学することになり、セントラル・パークでのコンサートで演奏される曲にエヴァン(ここでもオーガスト・ラッシュの名)の曲が選ばれることになる。演奏会の練習中にウィザードが登場しエヴァンを取り戻し、エヴァンはまたストリート・ミュージシャンに戻る。そこで演奏しているときに父親とそれとは知らずに出会い、ともにジャム・セッションを始める場面、とても良い。また、エヴァンがやはりどうしても演奏会に行きたいとウィザードに決別を宣言し逃げ出す場面でアーサーが加勢するところも良い場面だ。
ラストは演奏会。途中でもそういうセリフがあったのだがライラが音楽を辞めているのにNYフィルから競演を申し込まれるというのはちょっとあり得ないかなと思う。が、なぜかこの演奏会にもライラは呼ばれて(ライラがジュリアードの卒業生だということがコンサートの挨拶でわかる)、エヴァン(オーガスト・ラッシュ)とライラの競演ということにもなる。まずはライラの演奏。そこに、同地に来てライブをやっているルイスの歌声がシンクロしていくという序盤と同じ演出。
エヴァンの演奏曲は、楽器ではない色々なものが音を奏でるところから始まるという、序盤の音楽でなく音そのものに反応した彼ならではのもの。序盤の場面で出たウィンドチャイムらしきものが出てくるのも良い。そしてラストに向かう。ここで処理が難しそうでどうするのかなと思っていたのは、3人がそれぞれ再会するということ(といってもエヴァンが生まれるところはルイスは当然知らないがライラさえ知らないという状況で再会という言い方はできないが)。物語で二者が再会し感動の場面というのは普通であるが、3者でそれぞれが再会するというのは難しい。例えばここで、ライラとルイスが再会したとき、そこでそれなりの感動があるはずで、大げさな演出がしたくなる。が、そんな風にやると、ライラとルイス、ライラとエヴァン、ルイスとエヴァンと連続してやらなきゃならなくて、それはどうやっても飽きてしまう。
そこらへんもとてもうまくやっていて、完璧なラスト。指揮をしているエヴァンに向かって会場をそれぞれ別々に前に進むルイスと、エヴァン、だいぶ前に進んだところで、二人は気づき、見つめあい、そしてまたエヴァンに視線を注ぐ。演奏を終えると(まだ演奏が終わってないよう思えるが)、エヴァンは客席に顔を向け、二人に視線を注ぎ、をれを二人は見返す。エヴァンが空を見上げて終わりとなる。

途中でチラリとロビン・ウィリアムズかなとは思ったが、新しい映画だと思い込んでいたので、違う人だと思っていた。終盤になり、やはり似ている、そして、そこまで新しい映画じゃないはずと思い出し、やっぱそうかなと思っていると、やはりそうだ。ウィザードという役名もファンタジー作品である今作にふさわしい。ロビン・ウィリアムズという人はどの作品でも似たようなそして独特の演技をするが、ここでも役そのものはありがち(親のいない街で暮らす子供を食い物にする大人、時代劇なんかでもよくありそう)ではあるが、彼ならではのもので良い。
ちなみに、これはわりとどうでもいいが、放映後にNHK独自でキャストやスタッフのクレジットがあるが、今作では主人公のフレディ・ハイモアとロビン・ウィリアムズだけがキャストでは出ていた。いやいやエヴァンの両親の役のほうが大きい役でしょうに。
父親役のジョナサン・リース=マイヤーズという人は、ソングクレジットによると作内で歌っている歌も本人がちゃんと歌っているようだ

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レッド・ムーン [映画]

1969 アメリカ
06/06(火) 13:00 -
NHKBSプレミアム|110分

西部劇
グレゴリー・ペック主演。
解説<allcinema>--
 アリゾナ、1881年。10年間アパッチに拐われていた白人女性とその息子を救出した案内人は自分の家に親子を連れ帰るが、彼らの跡を子供の父親である凶暴なインディアン戦士が追いかけて来た。姿を見せずに襲撃を繰り返すインディアンの恐怖をホラー映画ばりに描き出した異色のアクション編で、製作アラン・J・パクラと監督R・マリガンの「アラバマ物語」のコンビが手掛けたとあって普通の西部劇に比べてかなり奇妙な仕上がりになっている。
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「ホラー映画ばり」とあるが、見ていて恐怖や、スリリングな次への興味などは沸かず、それほどでもなかった。上記にある「アラバマ物語」というのは上記コンビに加え、今作と同じくグレゴリー・ペックが主演。

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捜索者 [映画]

1956 アメリカ
06/08(木) 13:00 -
NHKBSプレミアム|120分

監督ジョン・フォード、主演ジョン・ウェイン。西部劇
ウィキを読めばわかるが、名作とされている作品である。でも、あんまり面白くなかったなあ。名作の理由を読めば、なるほどそういうことかとわかるけど。
ジョン・ウェインが演じる役の性格設定がなんか嫌な感じ。ジョン・ウェインは演じる役柄がどれも似通ってるところがあり、それはジョン・フォードの作品となるとさらにその傾向は強まるように思う。それが当時のアメリカを代表する人気俳優なのだから、それが大いに受け入れられていたのだろうが、自分には合わない。
また今作ではとくに笑いのエッセンスがたくさん取り入れられていて、とくに後半に多いのだが、これもちょっとセンスが違うという感じ。
ここらが面白くないと思った理由。ただ主人公の性格設定についていえば、これが「タクシー・ドライバー」のようなアンチ・ヒーロー像に多大な影響を与えているといわれれば、そういう視点では見ていなかったことに気づく。あきらかにヒーローものとしてその主人公を見ており、それに合わないと自分は言っているわけである。

デビー・エドワーズの役は少女時代(序盤)をラナ・ウッド、娘時代(中盤以降)をナタリー・ウッドという姉妹で演じている

「作中で雄大なモニュメント・バレーを写し撮ったフォードのカメラワークも高く評価されている」とウィキにある。確かによかった

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ミスター・ノーボディ [映画]

1973 イタリアなど
07/10(月) 13:00 -
NHKBSプレミアム|117分

ウィキ--
マカロニ・ウェスタン・ブームの末期に制作され、これ以後は見るべき作品は生まれなかったため、“最後のマカロニ・ウェスタン”と呼ばれている。
原案・製作総指揮はセルジオ・レオーネ、監督はその愛弟子のトニーノ・ヴァレリ
--
出演者
ヘンリー・フォンダ
テレンス・ヒル(タイトルの「ノーボディ」役)
音楽はエンニオ・モリコーネ

いまいちピンとこなかった。
ノーボディの役柄が影響しているのだろうどこか飄々とした笑いも多少含まれるストーリー。
伝説のガンマン、ジャック・ボーレガード(ヘンリー・フォンダ)を追い回し、なぜかワイルドバンチと彼を戦わせようとするノーボディ。ワイルドバンチは150人の盗賊集団で、ボーレガード曰く「2000人にも思える」という強豪。
そのワイルドバンチとの一戦の場面でのワイルドバンチが次々とやられる場面は迫力あり。この場面、ちょっとどういう意味かわからないが、派手な馬の鞍の光輝く場面を打ち抜くと爆発するような仕掛けになっている。これはノーボディが仕掛けたのだろうか。この戦いの場面は接近戦でないので、そういう意味の迫力はない。ボーレガードが遠くのワイルドバンチを撃ち抜くと、遠くで派手な爆発が起こるという演出。
ボーレガードが勝利を収め、ラストはノーボディとの一騎討ち。ノーボディが勝利を収め、ボーレガードは歴史書の中の偉人となった。という風に話が進む。ノーボディの目的というのはボーレガードを歴史書の1ページに納めることだったようだ。
と思っていると、実はボーレガードが生きていて、彼からノーボディへの手紙で話は終わっていく。二人の一騎打ちはいかさまで、ボーレガードは死んだことにして歴史書に納められ引退生活へ。そしてノーボディはボーレガードに買ったことから、これからは付け狙われ派手なガンマンとしての生活を送ることになることが示唆される

ワイルドバンチが出てきて、そのタイトルの映画のことを思い出していたが、なんとサム・ペキンパーの名前も出てくる(墓場でそういう名前の墓がある)。ここらへんはお遊びだろう


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カルテット!人生のオペラハウス [映画]

2012 イギリス
07/24(月) 21:00 -
NHKBSプレミアム|100分

引退した音楽家たちのための老人ホームの話であり、設定が「やすらぎの郷」とかなり似ている。ここからアイデアを取ったのかもしれないな。といってもあくまで設定だけ。そのホーム内での老人ならではのおかしなやり取りで笑いを誘うという展開ではあるものの、似通ったエピソードはない。あえていえばひとつ、家族が施設に訪ねてきてくれる場面があり、それを訪ねてきてくれない老人が「訪ねてきてくれる家族があるのはうらやましい」というようなことを言う場面なんかは似た感じ。
監督はなんとダスティン・ホフマンで、初監督作品。

ストーリー的には、登場人物が出揃い、どういう人間関係かがわかったところで、どのように展開し結末までが想像できた。そして、ほぼその通り進んでいき、そういう意味では意外性のない、予定調和的なストーリー。つまらないというわけではないが。
短い作品時間なのだが、このようなありきたりの展開で進むのなら一つ一つのエピソードをもう少し膨らませて長くしてもよかったかなと思う。

最後のクレジットロールでは、クレジット表示と並行して、この作品に出ているのと同じ年代のかつて活躍したイギリスの音楽家たちであろう人々が写真と名前、そして活躍歴が何人も表示される。これはどういう意味なのだろうか、よくわからないのだが、そこに出された名前がキャストクレジットにもあり、想像すると、エキストラとして出ているということのようだ。例えばピアニストの名前がキャストの名前にもあった。ただ実際作品内でピアニストも出てくるのであるが、その人はまた別の名前。それなりにセリフもある主要登場人物は役者だが、老人ホーム内のそこかしこに映る老人たちがそれなのだろう。と、考えてみると、作品は歌手の話で楽器奏者はそれほど重要人物の中にはいないが、楽器を練習している場面は何度か映る。ここらへんもその往年のプレイヤーなのではなかろうか。

最後はホームが主催する音楽会となるのだが、そこで日本の着物を着たパフォーマンスがなされ、字幕で「ミカド」と出る。なんなのかと思ったが、これは有名なオペラのタイトルとのこと。

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超高層プロフェッショナル [映画]

1979 アメリカ
05/25 13:00 -
NHKBSプレミアム

ジョージ・ケネディが出演者の中にあるのを見つけ少し楽しみに見始めた。冒頭から出てきたので、結構重要な役かと思いきや、その序盤の場面で建設中のビルから落下して死んでしまうという役。ウィキによると「本作のビッグ・ルー・キャシディが高所から落下するシーンを撮影中、ジョージ・ケネディのスタントマンであるA・J・バクナス (A. J. Bakunas) が着地に失敗し死亡した」とのこと
内容は高層ビルディングの建設の話で、そのジョージ・ケネディ演じるビッグ・ルー・キャシディは建設中のビルの現場監督。彼が死んでしまい、娘キャスがその工事を引き継ぐことになり、アドバイスを受け、父の昔の仲間であるマイク・キャットンを次の現場監督に呼び寄せる。今作で敵役となるのは、ビッグ・ルー・キャシディの弟であるエディ。どういう契約なのかよくわからないが、ある期日までにある階まで仕上げないと、エディに工事の権利が移るという設定。3週間であと9階積み上げて完成させなければならない。マイクは昔の仲間たちに声をかけ、集められた男たち9名がメインとなりその難工事に挑んでいく。9名というのはその工事で抜擢された男たちであり、ほかにも工事現場に人はいるのだろう。あんまりたくさんでもわからなくなるし。残念なことに、その9人というのがそれほど綿密に描かれていない(上映時間自体がそれほど長くないためもある)ため、あまりその活躍に思い入れが沸かない。マイク以外の8人というのは、ハリー、ダンサー、タンク、チェロキー。ダンサーの元にいたキッドというのがついてくる。また、噂を聞きつけやはり昔の仲間なのであろうヴァレンティノというのが押しかけてくる。このメンツに、もう一人を今の現場から入れようと手を上げさせると、手を上げたのが、いつもペアで仕事をしている二人の男で、それならと二人を引き入れ8人。
見る前はリアリティに沿ったドラマ作品だと思っていたし、見てる間もそういう印象ではあるのだが、ところどころでちょっとリアルから外れた誇張的演出があり、それの評価が難しい。リアリティを重視するならそういう場面は入れないほうが良いし、入れるとぶち壊しになるきらいもある。わからずにリアリティぶち壊しの場面を入れてるならセンスないけど、今作の場合あえて入れていると見える。コメディでリアリティからあえて外れることで笑いを起こすギャグというのがあるが、今作の場合それの目的が笑いでないバージョンという感じ。アクション映画というのもそれだな。リアリティから逸脱してアクションシーンを見どころにしているのだし。
そのリアルから外れた場面というのは、タンクがマイクとキャスに呼び寄せられる場面。どこかの現場でタンクは働いており、マイクと会話しながら、機械を操作している。すると誰かが入っていった簡易便所をクレーンで上へと持ち上げてしまうのだ。中に入っているのはその現場の監督、そしてそれを見ながらマイク、キャス、タンクが大笑いし、タンクはこんな現場辞めてやるよ、と3人で立ち去っていくのだ。脈絡もなく、現場監督をからかい、現実的にはあまり起こりえないだろうとこの場面は思う。漫画的とでもいうのか、何かしら見ている側に痛快さを感じてもらう演出とでもいうか。
ほかに、マイクが初めて現場へきたときに、エディの手下のトラック運転手が言うことを聞かないため、トラックをそこへ横倒しにしてしまうという場面もあった
もう一つはラスト。エディの妨害に打ち勝ち工事は成功。その屋上から下にいるエディに挨拶してやろうと、タンクがエディの車に向かって鋼材を落とすのだ。車は爆発を起こし炎上。こんなことやらんだろ、作ってるビルにだって支障が出そうだし。やっぱここも痛快さを感じる漫画的演出か
そう考えると自分が最初に思ったリアリティ重視の作品というより、痛快さを目的にした誇張交じりのアクション作品という感じか
そういえば、ほかにもリアリティから言ったら、ちょっと疑問なところが。例えばマイクが昔の仲間を呼び寄せにいろいろなところを訪れる場面やマイクが鋼材を運ぶためのトラックをエディのところから盗み出す場面なんかは工期がタイトなわりに、そんなことやってる場合か、人を集めるなんて、結構な場所に散らばっているみたいだし、1日や2日じゃすまなそう。また最後のエディが邪魔をしトラックで鋼材を運べないからとヘリコプターを利用し鋼材を運ぶ場面、そんな金あるんか、そんな経済力や政治力があるのか、そんならエディなんて、あっさり排除できそうだけどな

映像的には高所の場面や高所からの登場人物の視線の映像が満載で、結構怖い。高所恐怖症の人は見ないほうが良い

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バックドラフト [映画]

1991 アメリカ
05/03(水) 13:00 -
NHKBSプレミアム|140分

ロン・ハワード監督
出演はカート・ラッセル、ウィリアム・ボールドウィン、ロバート・デ・ニーロ
消防士の話。消防士を勤める兄弟がメインで、そこに連続放火事件が絡んでくる。
オープニングで料理の鉄人のテーマが流れてきてびっくり。昔からある曲なのかと思ったが調べてみると、今作がオリジナルとのこと
序盤で出てくる火災現場から人を救助したと思いきやそれがマネキンだったというエピソードがあるが、これはどうだろう。いくら混乱した現場だとしても、そして、見間違えることはあるだろうけど、それを救助しようとその身体に触れたときに人間でないことくらいわかるだろうに
連続放火事件の真相がわかる場面。弟が兄を疑い、しかし調べてみると、兄と同僚のアドコックスが真犯人だったという場面。兄でなくアドコックスとなぜわかったかがよくわからなかった。アドコックスとわかった後での兄弟の会話で、兄が持っていた犯行の証拠となる原料をアドコックスからもらったなどと話している場面はあるものの。

火災で死んだ遺体が出てくる場面があり、遺体全部にモザイク処理されていた。NHK側が入れたのだろうか

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ナイト・アンド・ザ・シティ [映画]

1992 アメリカ
05/19(金) 13:00 -
NHKBSプレミアム|105分

ロバート・デ・ニーロ主演
主人公は弁護士だが、裁判にできそうな事件を探しては、煽って裁判を起こさせ、勝訴したら、そこから礼金をもらうという三流。口先だけの男で、作品の最初から最後まで屑なペテン師染みた人格。作品の見どころもそこにあると思う。この男がなぜかボクシングの興行に手を出し、失敗していくという筋書き。また浮気相手のバー開店に力を貸してほしいといわれ、開業許可を取るよう懇願されるが、うまくいかず許可証を偽造するという話が一方で進み、ラストに向かってその二つどちらともが失敗に向かって進行していくところも面白い。
ロバート・デ・ニーロがひたする出てくる。彼が演じているのはハリー・フェビアンというのだが中盤まではハリーが出てくる場面のみで構成されており、そこがやけに特徴的に思えた。なぜそこに目が行ったかといえば、場面転換の演出が特徴的で、ある場面が終わり、次の場面になるとき、ハリーが正面から撮られ、どこかへ入ってくる場面、そしてハリーが威勢よく「ハロー」かなんか言いながらべらべらとしゃべりだすというような場面が何度か繰り返されたからだ。
考えてみると、ある人物に起きることだけで構成するという作りはいくらか実験的といえるのではなかろうか、少なくともエンターテイメントとは相性が悪そうである。で、そういう実験的構成のままいくのかと思いきや、最後のほうでは数か所彼が絡まない場面というのも出てきていた。

作品紹介文を前もって読んではいたのだが、なぜか主人公がジャズバーを開店する話と勘違いしていた。なにと勘違いしたんだろう。浮気相手がバーを開店するというような筋を読んでいたのだろうか。
まあ、それはそれとして、であるから、小洒落たジャズナンバーがかかるものと想定していたので、オープニングでロックンロールがかかったので多少驚いた。このオープニングナンバーがサビの掛け声がユニークなもので「Wooly Bully」という曲。この曲やほかにもレイ・チャールズの「ホワッド・アイ・セイ」など、一般的にオールディーズとされるものが多く使われている。ラストの曲はどこか新しめの録音、そして所々にフレディ・マーキュリーっぽく劇的に歌い上げる曲だった。クレジットのソングリストを見ていると、最後に「グレート・プリテンダー」というのが出てきて、歌の中で「プリテンダー」と歌ってるのが聞こえていたので、これかと思い、演奏者を見るとプラターズとなっている。プラターズといえば、よくは知らないが、やはりオールディーズにくくられるグループ。これもオールディーズだったかと思ってひょいと目を右に移すと、隣も「グレート・プリテンダー」(ソングリストは2列になって出てきていた。その最後は左右両方とも同じ曲だったということ)。そしてこちらの演奏者はやはりフレディ・マーキュリーになっていた。ラストでかかるのは彼の新しめの録音だったのだろう。

ジュールズ・ダッシンの映画『街の野獣』(原作はジェラルド・カーシュの1938年の小説「Night and the City」)のリメイク。ちなみに映画の原題は今作も、『街の野獣』も同じで「Night and the City」。


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