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ロックンローラ [映画]

2008 イギリス
08/30(火) 01:59 -
日テレ1|119分 映画天国
(上映時間 114分)

監督がガイ・リッチー。
イギリス映画っぽくなく、現代アメリカ映画っぽい。といっても自分がちょっと古いイギリスの雰囲気やセンスをイメージして、また現代アメリカというのも安直なイメージではあるけど。とにかく現代的なセンスに溢れた作品に思えた。作品のことをネットで調べてみると、ガイ・リッチーのこの作品より10年前の作品「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」と傾向が似ているとのこと。
タイトル「ロックンローラ(RocknRolla)」の意味、由来がイマイチわからん。ネットで調べてもみたけど。「ロックンローラー(rock'n'roller)」との単なる語呂合わせなのか。作品内のセリフで何回か出てはいるのだけど。
登場人物のひとり、ジョニーの過去の芸名なんかな

出来は良いと思う。いつかまた見てみたいと思わせる比較的込み入った重層的な作品。であるので、なかなか一発で理解できず、何度もちょっと巻き戻しては見進めた。
登場人物が非常に多く、彼らがそれぞれ、強調して描かれることもなく、比較的等分に出てくる。ウィキには「犯罪群像劇」とある。
最初はアーチ―という登場人物のナレーションで始まり、それが結構長々と続くので、彼視点が最後まで続くのかと思うと(ラストも彼の視点ではあるが)、そういうわけでもなく、タイトル由来だと思われるジョニーも主要登場人物ではあるが、主人公というほどでもない。強いて言えば、ワンツーという人物が主人公か。
また番組紹介には「爆笑必至」とあったが、笑いを畳みかけてくるほどでなく、むしろそう言われてなかったら、笑いの場所もほとんどわからなかったと思う。まあそこは自分のセンスの問題でもあるが。とにかくお道化て、ここが笑いどころですよ~みたいな感じではない。見終えた印象では格好良く、そしてうまく作られた犯罪映画。各々がかすかな接点でつながる多々の登場人物が、作品の進行につれて、うまくつながっていく感じのストーリーで、最後までどう決着するのかわからなかった。

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グッモーエビアン! [映画]

2012 日本
08/27(土) 18:30 -
BSジャパン|144分

作品自体には特別感想はないが。
テレビでyやる映画を片っ端から録画している。そうすると大量になってしまうので録画しないタイプの作品の基準がいくつかある。洋画でどうにも肌合いの合わなそうなもの、例えば「スターウォーズ」とか(新作に合わせて今回テレビでも放映されていて、実はそれは録画してある。が、基本的には好みではない(見ていないので見たらハマるかもしれないけど))。で、もうひとつは、最近(2000年以降)作られた日本映画で出演者や監督にめぼしい人がいないとき。この作品はその範疇であり、最初は見るつもりもなかったが、出演者に能年を見つけて、一応見ることにした。
さて、「現代」「日本」で制作された「同時代」「日本」を舞台にした作品というのは、作品世界に入り込みやすいのは確かだが、よく考えてみると作品自体の評価が結構曖昧になる。高評価、低評価のどちらも突き抜けていれば、それは簡単だが、作品世界に入り込みやすく、見ている間は楽しく、それほど退屈も感じず、で終わってしまうような作品は見終えて良かったのか悪かったのか、微妙に判定しづらい。この作品もそんな感じ。

主演は麻生久美子(アキ役)、大泉洋(ヤグ役)。となっているが、作品の構図からすると、彼らの娘であるハツキ(演・三吉彩花)の目線から描かれており、主人公に見える。作品はこの親子、実際はヤグとハツキは親子ではなく義理の親子でもなく、「なんでもないまったく無関係」の関係であるが、その親子の関係がテーマであるが、そこらへんはたいして面白くない。
能年はハツキの友人のトモちゃん。出番は多い。トモちゃんはヤグから「箱入り娘」と呼ばれ、一方ハツキはそれに対して、「箱入りなんかじゃなくて普通の家の子」というような位置付け。多くの場面でヘラヘラ笑っており、ちょっと知恵遅れの子に見えてしまう。「あまちゃん」のときとほとんど同じ見てくれ。
主人公の名前がアキで、ヤグが「アキちゃん」と呼ぶので、そのたびに「あまちゃん」を思い出す
アキとヤグは以前パンクバンドをやっていたという設定で、作品の最後は再結成のライブ場面。「ブルーハーツ」風。作品の中でもヤグが「リンダは「ドブネズミは美しい」と言った」と言うのを、ハツキは「それ言ったのはリンダじゃなくてヒロトだし」と突っ込むというような場面もある。
おかしいと突っ込むわけではないのだが、時代設定はいつごろなのだろう。携帯電話は持っていないのだろうか。トモの転校をめぐる場面。ヤグが自転車で事故を起こしハツキが「重症」だと家へ連絡。アキが急いで病院に来るが、実は軽傷。そこでハツキは「その後何度も電話したんだけど」と言う。まあ、携帯電話を持ってないだけとも言えるが。
さらに、結局トモの別れの飛行機に間に合わなかったハツキは、ヤグに事故のせいで間に合わなかったと謝られ、あっさりと、その後すぐ電話したと言う。電話で済むなら急いで行かなくても良いし、トモは携帯持っているのだろうか。この場面は3時(だったか4時だったか)の飛行機に間に合わなかった後の、夜。トモは数時間で移転先に付き、新居で電話を受けたのだろうか。となるとその電話番号はトモがヤグに託したのだろうか。

小説が原作

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ガンジー [映画]

1982 イギリス、インド
08/18(木) 13:00 -
NHKBSプレミアム|193分

3時間強の作品。途中インターミッション入り
さすがアカデミー作品賞など受賞だけあって、ダレるところもなく、有名なエピソードを網羅。
分離独立となって、ここらで終盤かと思ったが、それ以降もコルカタで起きた住民対立を断食で止めようとする場面など、更なる見せ場。と思ったが調べてみると、これは独立直前の話のようだ。とすると、あの2つの国の国旗が上がり国歌が演奏される場面は独立でなくて、独立が決まったことでの祝宴なのだろうか、いや、違うだろうな。
ガンジー以外の人物についてもっと知っていればもっと楽しめただろう。独立時に鍵となってくる人物、ネルーくりあは名前は知っていたが、それ以外にもモスリム側のジンナー(パキスタン建国の父)、"サルダール"パテルなどは、まだ若いガンジーのインド帰国という作品の序盤から顔を出していた。
実際そうだったのだろうけど、庶民も政治有力者たちもガンジーへの尊敬の念というのが非常に強いという描き方が感動的。

ブラフマーチャーリヤの誓いと呼ばれる性行為を断つなどの禁欲主義とその実像について、ウィキに色々あるが、映画ではほのめかすというほどではないが、後から知ると、なるほどと思える場面があった。二人の姪、マヌとアバ(ガンジーが彼女たちに向かい自分を「大伯父」と呼んでいる)に身の回りの世話をさせる老ガンジーの場面があったが、二人の姪が後に性に関してそういう証言をしているようだ。また妻が戦場の女性記者のインタビューで性と禁欲についての質問に答える場面(傍らにはミラ・ベンもいる)ではかなり曖昧でよく意味がわからないものの、性についてなにからしらのことを語っている。

このミラ・ベンという女性も実在の人物だとのことで、総監の娘として登場してきて、ガンジーの弟子になり、あとは目立つ場面はないものの、なぜかいつもそばに映っており、興味深い人物。ガンジーとの性的関係も想起させられるが、いくつかのサイトの文章によればやはりそのようだ。
なにが彼女をそうさせたのだろうか。日本語での詳しい経歴などのページが見つからなかったが、英語のウィキには詳しそう。。。読んでないけど。

映画の中でガンジーがイギリスを訪問し歓迎を受けながらも独立に関しては、インドから少数民族の代表など多くの指導者を招き、それを平等に扱うという方法でガンジーの力を削ぐというイギリスの作戦に失望しインドへ戻っていくという場面があった。これは確かNHKの「映像の世紀」にも詳しく出ていたと思うが、ネットで調べてみても、それがいつのことでどういう事件であったのかが出てこない。かなり重要な場面なんだと思うが。
それにしても、ガンジーをイギリスが歓迎する(王室やら庶民やら)というのはどういう感覚なのだろうか。イギリスにとっては厄介な人物であったはずだが。もちろん人気の出そうな人物ではあるけど。

作品内で使われる言語は英語。本来は現地語なのだろうが。現地の人たちが英語で会話しているのはちょっと違和感(ナマステだったか、ちょっと声を掛け合うような場面では現地語がつかわれる)。殺される場面も「Oh,God」となっている。ウィキにある「3発のピストルの弾丸を胸に撃ち込まれたとき、ガンディーは自らの額に手を当てた」の額に手を当てたという場面は映画にはない。またピストルをどこから出したかが不思議。
冒頭が暗殺場面で、ラストも同じ場面が繰り返される。冒頭を見て気づいたが、暗殺者に指示を出してる風の怪しげな長髪ボサボサの男は独立交渉の真っただ中、ジンナーに会いに行くという場面で意味ありげに一瞬映ってた

音楽:ラヴィ・シャンカール

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リバティ・バランスを射った男 [映画]

1962 アメリカ
08/17(水) 13:00 -
NHKBSプレミアム|125分

監督 ジョン・フォード
主演 ジョン・ウェイン
このコンビの最後の作品
ジェームズ・ステュアートが準主役。なんか見たことあるなと思ったら、ヒッチコックで常連の人か

とても良い作品。今の目で見ると話が単純化されていて物足りない部分もあるが、ストーリー展開のことよりも、とにかく格好良い芝居と映像が延々と続く。序盤のジョン・ウェインが登場してくるところなんかは、格好良さに加えて微妙にコミカル(彼がウィスキーを飲もうとするのを瓶を取り上げるところなど)。
ランスの回想話を聞き終えての、新聞記者が記事にしないって言うのはどういう意味なんだろうな、「西部の伝説はもはや事実だ」という台詞はちょっとよくわからなかった。
物足りない部分というのは、例えばランスが段々と街の人々の信頼を勝ち得ていくというような描写はなしに、あっという間に受け入れられているところとか、州への格上げに反対している大地主たちの抵抗がほとんど感じられないとことか。
リバティ・バランスを射ったのがトムであることを打ち明ける場面で、今の映画なら、その撃った場面がもっと詳細にランス(や客に)にわかるようにスローやカットを切り替えての銃口のアップなどが描写されるように思う。
あと、展開からして、リバティ・バランスを射った男がランスでなくてトムなのはわかっていたが、それがどう明らかになっていくのかと期待して見ていたが、そこはちょっと期待外れ。ちょっと違うとは思うが「泣いた赤鬼」を思い出した



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ゲッタウェイ [映画]

1972 アメリカ
08/24(水) 13:00 -
NHKBSプレミアム|120分

監督 サム・ペキンパー
脚本 ウォルター・ヒル
音楽 クインシー・ジョーンズ
主演 スティーブ・マックイーン

サム・ペキンパーの独特な演出が色々なところに感じられる。一方ストーリーは映画でよく扱われる銀行強盗とその後の逃亡を犯罪者側から見た作品で、犯罪者側が格好良く撮られている。主人公は警察、そもそも仕事を依頼してきたマフィア、仕事で組んだ仲間の3者から追われることになるのだが、終盤になりかなり追い詰められるところでは、「俺たちに明日はない」なんかを思い出し、それのように、最後は主人公たちが破滅してエンドかなと思った。が、さにあらず、結果は主人公たちはうまく逃げおおせるというハッピーエンド。これについてはウィキ--
実際日本で公開されたときは、二人は国境を越え脱出に成功するが、スペイン版とアメリカ版(アメリカでは州法の規定により違う)では、エンディングが若干異なるところがあるという。
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映画用脚本も当初は原作者ジム・トンプスン自身が執筆していたが、マックィーンが脚本の結末を気に入らなかったことからウォルター・ヒルに交代させている
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とある。
また音楽についても--
音楽はペキンパー作品の常連ジェリー・フィールディングが担当する予定が、これまたマックィーンの主張でクインシー・ジョーンズのジャズ音楽に差し替えられた
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先に書いた独特さは、一つではなく、いくつかの違った手法による独特さである。一番目立つのはカット割りが身近に時間に細かくされるところだろうか
またアクションシーンが後世にまで影響を与えているとのことであるが、なるほど、例えば銀行から逃げ出すか―アクションなんかは自分のようにそれほどアクションシーンに興味のない人間でも目を見張る。
ちょうど、作品の真ん中あたりで、一瞬暗転し、その後画像がぼやけたような感じになる場面があった。そしてしばらくしてもう一度暗転が入り普通の画面に戻る。これも独特な演出かと思った。他の作品において回想場面で、人の頭の中を想定しているのであろうか、ちょっとボヤけた感じに映像がなるようなことがあるが、ちょうどそんな感じではある。ここでは回想場面ではないが。
これはその後しばらくしてもう数回あった。しかし、それと同じ場面で、別の理由、つまり、録画機側の理由で画面が劣化していた。これは天候が悪いときなどに時折見る現象で、画像データが完全に送られていなくてカクカクの画像になってしまったり、ひどいところでは、止まってしまったりしてしまうのだ。今回これは短時間ではあったものの、それでも見るの止めようかとも思った。
こんなことがあったので、それより前の映像がボヤけたものも演出なのかどうかよくわからなくなってしまった。

主人公たちは、強盗が終わった後、落ち合う場所としてエルパソへ行くという約束がしてあるのだが、仲間割れをし、マフィアとも話が決裂して、なお、強盗した金を全部持っている主人公がエルパソへ向かうのは何故なのかよくわからなかった

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エアポート・アドベンチャー クリスマス大作戦 [映画]

2006 アメリカ
日テレ「映画天国」 8月23日(火)2:09~3:58
上映時間 90分

現代を舞台にしたコメディ。4人の子供たちが雪で飛行機の飛べなくなった空港でいたずらをして監禁室に閉じ込められるが、そこから逃げ出し、警備員との追いかけっこになるというのがあらまし。最初にその4人が紹介されるが、5人で逃げ出すので、なんでかなと思ったら、そのうちのひとり(でぶの男の子)はその集団からはすぐ離脱して、別行動、ラストでまた合流するという流れ。4人は男女二人ずつ。女の子はそれなりに可愛い。男のうちひとりは黒人少年。
詰まらなかった。コメディであるからリアリティはなくてもよいが、それをなくしてまで作っているのに、それが全く生かせていないで、笑いは低レベル。テレビのコント番組のような感じ。つまらなくて腹が立つといようなものでなく、いつの間にか終わってしまい、何が面白いんだろうということだけが残る
つべでジャズを聴きあさっていたとき、これは格好良いなと思ったソウルジャズの曲(曲名は覚えていなかったが、調べた。Lee Morganの「The Sidewinder」)が、黒人少年がそのテープをレコーダーに入れて踊りだす場面で流れる。
また、多分BBキングのものだと思われるクリスマスをテーマにしたブルースも使われていた。

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ヒトラー~最期の12日間~ [映画]

2004 ドイツ、オーストリア、イタリア共同制作
08/04(木) 13:00 -
NHKBSプレミアム|156分

あまり知識のないなか細切れに見た。ヒトラーの演技は大層上手いと思ったが、それ以外の人々のそれぞれの役割がよくわからなかったり、顔の区別がつかなかったり。
秘書の一人がこの作品のもう一人の主役(冒頭、及び最後に戦後相当経ってからの彼女の証言が流れる)なのだが、彼女とエヴァ(ヒトラー夫人)が最初のうち同じに見えてしまったりしていた。
いま、ウィキを読んでかなりを把握した。
そういえば見ている最中、ヒトラーの神経質そうな演技を見てこの作品ってひょっとして、一時期この映像に全然別の日本語をつけて動画が作られまくったやつじゃないかなと思ったが、ウィキによればそれは当たっていた。いや、おれは一瞬そう思ったが、見進めていっても、自分が見た覚えのある映像が出てこなかったので、思い違いかとも思ったのだが。
あくまでこれ(及び終戦間際の日本を題材にした映画)を見た感想だが、これならインドより日本の方が大層ましだと思える。政府がある場所に敵が侵攻してこなかったし(空襲はあったが)、ドイツは政府の機能がほぼ崩壊、内閣が形骸化し、最高権力者がほぼ狂ったようなヒステリックな状態であるのに対し、日本は内閣で閣議を開くことができる程度には機能している。

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英霊たちの応援歌 最後の早慶戦 [映画]

1979 日本
08/14(日) 12:00 -
BSジャパン|150分(上映時間 124分 )

岡本喜八監督
ウィキ--
タイトルに「最後の早慶戦」と付いているが、メインは学徒出陣で戦地に飛んだ学生たちの召集-演習-特攻に至るまでの群像劇であり、出陣学徒壮行早慶戦の件については上映開始の序盤30分の時点で終わり、野球のシーンは応援合戦と練習、試合開始前の挨拶、結果は新聞の記事だけであり、後は所々に兵士が野球に対する未練を吐露、野球道具、用語を使う程度に収めている
--
今作品を説明するなら上記でぴったり。
群像劇とあるが、主役が永島敏行。早大野球部のキャッチャー役でこの最後の早慶戦が開催される前に自ら志願して軍に入っている。そしてその早大野球部の人物や慶大側の人物も出てくるが、それとはちょっと関係の薄い他の大学から学徒動員で軍に入ってきた人物が主人公とはあまり関わりのないままに多く描かれている。多くは運動部出身。こう描くことで学生が軍隊に取られることの意味を考えさせようとしているのだろう。
目立つところでは山田隆夫が落研の学生として、本田博太郎が野球を止め演劇に興味を持って始めた学生として登場している。調べてみたら、山田隆夫は笑天座布団運びになる前の作品だ。「饅頭怖い」を披露している。
女性では永島敏行の相手役として大谷直子、本田博太郎の相手役として竹下景子。大谷直子が美しい。
そういやキャストクレジットの多分小さい役のところで役所広司の名前あり。ウィキに役の説明が掲載されている。
早大野球部主将として笠原和夫という名前が出てくる。脚本家のあの人かと思ったが、調べてみると同姓同名の人がいるとのこと。

特攻隊を描いた戦争ものなのだが悲壮感がほとんどない。監督得意の喜劇的要素が見え隠れする。永島が軍に入り飛行機の特訓を田中邦衛から受ける場面とか。
そして主人公がバカを装うというか豪快で深くものを考えるようなことをしない人物。作品内のセリフにもあえて物を突き詰めて考えないようにしているというようなことを言う場面がある。

早大前の早実時代からバッテリーを組んでいた秋山(永島)と三上。ラストでは特攻に乗る予定の三上が、母親の重傷を聞き、会いに行く許可が出た。しかしすぐ帰ってこいと。帰ってこなければ代わりに秋山が特攻に乗ると。こうして走れメロスのような展開になり、もう出発直前に戻ってくるというフィクションであることを明確にするような展開。そして予定通り三上は特攻へ、秋山はそれの護衛に。三上が目を負傷し、秋山に口頭で飛行機の誘導を頼むという展開。秋山は元気いっぱいに野球用語を用いながら、三上の特攻を誘導するという明るい口調で壮絶なことをやってのけるというエンディング。

冒頭とラストには(当時の)現代行われている大学野球の様子が映し出される

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南極物語 [映画]

2006 アメリカ
8/17 テレ東 上映時間 120分(録画時間125分) 吹替版

「午後のロードショー」枠
普段はチェックもしないが、偶然これをやるというのを見かけて、南極物語がアメリカでリメイクされていたとは知らなかったが、面白半分に興味を持って録画した。
製作はディズニーである
登場人物はアメリカ人で時代設定は現代、1993年。
現代にしちゃって、どうやって犬を南極に置き去りにする状況を作り出すんだよと思った。あれは過去の装備や移動手段などが今より格段に劣っている時代だから起きた状況なんじゃないのって。いや、今でも置き去りにするようなことは起こるかもしれないが、それは犬を置き去りにしても特になにも感じない人々だからであって、今の時代なら、いくらか無理をすれば置き去りにしないで済むはず。オリジナルの基になる実話は、無理をしても置き去りにせざるを得なくなったからこそ重い話になっている。
で、こちらはこちらで、そこは無理のない形で犬を置き去りにせざるを得ない状況を作り出しストーリーにしてはいる。
主人公は南極ガイド。そこへ学者がやってきて、無理な場所への案内を頼むというところから話が始まる。この学者が犬を迎えに行く主人公のもう一人(オリジナルは男性二人が主人公)とでもいう役割でもあるのだが、オリジナルとは違い、とても嫌なやつで、嵐が来るから帰ろうと言われても、少しでいいから調査させろなどと無理難題を言い、そしてこの旅ではガイドを困らすこともしばしば。全く感情移入できないタイプ。
おれは、この案内で遭難でもして、ヘリかなんかで助けられ、犬を置き去りにでもするのかと思ったのだが、そうはならず、その案内の旅はなんとか帰還する。が、そこで学者は氷の割れ目に落ち瀕死の重傷を負い、ガイドも凍傷。嵐はやってきて、南極は長い冬に突入。とこういう状況になり、まずは二人を治療のため大きな南極基地へ一刻も早く運ぼうとなり、犬は後で運ぶことになるが、その基地へ行くと、急いで退去しなくてはならないとなってしまい、ついには犬を置き去りにするという状況が発生。このふたりで犬ぞりを使って南極を旅するというのはオリジナルにもあった話ではある。また、オリジナルをなぞるように、犬と別れる際に首輪と強く絞めるという場面もある。
犬を置き去りにする際、それを必死に回避しようとするのはガイドだけで、他は無関心、もしくはガイドにちょっと同情する程度。犬を置き去りにすることに罪悪感を持つのが主人公だけ。これじゃあ世間全体の犬に対する同情心を掬い上げたオリジナルのようにはならない。
あと、登場人物として南極で小型飛行機を操縦する女性がいるのもオリジナルとの差異であろう。彼女とガイドの恋の話もストーリーに絡む。
さすがディズニーと思えるのは置き去りにされた犬の動静の場面。犬の演技もよくここまでやるなと思えるような表情豊かな場面が多々ある。鳥を捕まえ獲物を分け合う場面とか。映画を撮るにあたって動物は殺してませんみたいな表示が出ることあるけど(これに出てたかどうかはわからない、エンディングクレジットは放映では省略されていた)、鳥は犠牲にしたのかな。
あとトドだかオットセイだかと犬との闘いの場面。これは今作最大の見どころ。クジラの死骸を見つけ、犬が貪ろうとすると、その死骸の中からトドが突然出てくるところは驚いた。そしてそれにめげず、犬は仲間を引き連れ、頭脳作戦。まず一匹でクジラの死骸に近づき、トドの注意を逸らし、そこから逃げる。するとトドは先回りしようと水中を行く。もちろん犬は陸上を逃げるのだ。この水中をトドが行く場面は水中のトドの上を氷の上を走る犬の影が映っててどうやって撮ったんだろうというほどの迫力がある。トドがいなくなったところで、ほかの犬たちがクジラの死骸に近づくという戦法。しかし、トドは戻ってきて一匹の犬に食らいつく。犬たちは力を合わせ戦う。とこんな感じ。
ガイドはなんとか南極へ戻れないかと学者を訪ね、資金を出してもらえないかと頼んで断られたりもする。
学者のほうは、その南極での発見物で賞をとり、招待状を渡していたガイドと再会、ガイドがまだ南極へ行こうとしていることを知る。家に帰り、子供が描いた「父を助けたヒーロー」という犬の絵を見て、もう一度南極へガイドと共に行こうと決意する。
南極への出発口のニュージランドでガイドと学者、そしてあのとき一緒の行動していたガイドの助手やパイロットの女性と再会。学者の資金で南極へ旅立ち感動の再会となる。
5匹が駆け寄ってきて、感動の再会、さて帰ろうとなるとそのうちの一匹が車に乗ろうとせず、どこかへ行ってしまう。ここで、この犬は南極で暮らすことを決意するというような結末かと思いきや、瀕死の犬のところへガイドを案内したのだった。死んでしまっているようにみえるその犬をなでていると、息を吹き返し、めでたしめでたし、もう一匹生き残っていた。結局生き残っていた犬は6匹(8匹を置き去りにした)。
ラストは車の後部座席でガイドとパイロットがキス。それを振り返る前の二人、それを塞ぐようにする犬という芸達者なディズニーらしい、そしてアメリカ映画らしい終わり方。
吹替が、じつに洋画の吹替らしい吹替でこれがまたなかなか気持ち悪い。

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日本海大海戦 [映画]

1969 日本
BSTBS 2014/11/8 上映時間 128分(録画時間144分)

主演が三船敏郎。東宝製作(※)
円谷英二が実質的に特技監督
先日来、最近制作されたもの、そして80年代に制作されたものを続けて見たが、こうしてみると戦争映画といっても結構雰囲気が違うなと感じる。といってもこの作品は日露戦争を扱っているので比較にならないところもあるが。
この作品は大物俳優がたくさん出ているのだが、80年代のオールスター映画とはちょっと雰囲気が違うような気がした。といっても80年代オールスター出演の戦争映画はこの数日来見た中にはないので、印象からの記憶だが。80年代のものは大物俳優それぞれに見せ場を作ってあげてるという配慮のようなものを感じた覚えがあるが、これにはそういうものはなく淡々としているような感じがし、そこは好印象だが、特になにも残らない感じで終わってしまった
笠智衆(乃木希典大将)
松本幸四郎(明治天皇)
笠智衆はどうかなあと思ってしまった。
加山雄三(広瀬武夫少佐)
仲代達矢(明石元二郎大佐)
加山雄三だとは気づかなかった。出番は少ない(広瀬は序盤で死んでしまう)
仲代は上手い。
佐藤允だとか加藤武が出ている。キャストクレジットでは大きな扱いはされていない。

※メモ
東宝8・15シリーズというのがあり、調べたところ以下の通り
「日本のいちばん長い日」(67)岡本喜八
「連合艦隊指令長官 山本五十六」(68)丸山誠治
「日本海大海戦」(日露戦争)(69)丸山誠治
「激動の昭和史 軍閥」(70)堀川弘通
「激動の昭和史 沖縄決戦」(71)岡本喜八
「海軍特別年少兵」(72)今井正
それとは別に80年代にもシリーズとされているものがある。以下は自分の過去の記述
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1980年代前半に東映が8月に公開していた一連の舛田利雄監督、笠原和夫脚本の戦争映画。東映の戦史映画三部作。『二百三高地』80年
『大日本帝国』82年
『日本海大海戦 海ゆかば』83年
東宝の「8.15シリーズ」
『連合艦隊』81年
『零戦燃ゆ』84年(これも監督が舛田利雄)
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