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蘇える金狼 [映画]

1979 日本
BSフジ 6/19

監督 村川透
主演 松田優作

風吹ジュンや真行寺君枝が出てると知り、興味深く見た。
最初のキャストクレジットで成田三樹夫、小池朝雄、佐藤慶が並んで表示され期待が高まる。この3人って、位置づけが自分の中では近い。主演をするほどではないけど、脇で個性的な役をする人たち。今作には今井健二も出ており、この人も同じような位置づけ。
前者3人の役は松田優作演じる朝倉の務める会社の上層部。佐藤が社長、成田が重役でその部下の小池が朝倉の上司、本編が始まり朝倉のいる部署の情景が映し出され、成田と小池がチラッと映るだけで楽しい。

風吹ジュンは松田とベッドシーンもありヌードもある。彼女は好きな俳優だが、よく考えると、最近というか、かなり年齢が行った後しか知らない。当時27か。男はつらいよでマドンナを務めたのが1992年、40歳。

ストーリー的にクライマックスかと思ってしまうような、朝倉が会社の上層部と決着をつけた場面以降も長々と話は続く。あっと驚くような展開ではないので、少々かったるい。最後の方はいかにも松田優作の名演技と言われそうなくさい場面が続く。悪くはないけど。

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東京上空いらっしゃいませ [映画]

1990 日本
NHKBS 6/27

牧瀬里穂のデビュー作。監督は相米慎二。他に中井貴一、笑福亭鶴瓶。
主題歌が井上陽水の『帰れない二人』で冒頭から、この曲がかかる。これはヒロインのユウ(牧瀬里穂)がなにかのキャンペーンガールでそのキャンペーンソングという設定。
この作品の中でこの曲は何度もかかるのだが、色々な人の異なるアレンジで流れる。途中木村充揮の歌声でこの曲が流れ、ちょっとびっくり。クレジットによれば、その他、加藤登紀子のバージョンもあった。
ラスト近くのクライマックスでは、中井貴一がトロンボーンを吹き(中井貴一はユウのマネージャーである一方趣味でトロンボーンをやっており、ジャズバーで吹いているという役で、ここでも彼の行きつけの店での場面)、牧瀬里穂がこの歌をジャズアレンジで歌い踊るミュージカル風場面になる。
クレジットでわかったがそのジャズバーでのバンドには佐山雅弘が名を連ねている。
まあ正直言って、この時代の雰囲気が濃厚。特別面白いわけでもない。単なるアイドル映画よりは見る価値があるが。

見ている間、「この人、○○かな」と思っていたが、やはりそうだったというのが、三浦友和と竹田高利(コント山口君と竹田君)。
藤村俊二はずいぶん若い。
出門英はどこに出ていたのだろう(調べたら、この事件を追っているルポライターとのこと)。
木之元亮はその知名度の割りに小さい名前クレジット。モロ師岡を出ているらしい。

ユウがハンバーガーショップで働き始める場面。明らかにああいうことはリアルには起きない。店員一人で接客から調理を担当するようなシフトにはならないし、作るバーガーやドリンクが超いい加減なのだが、コント風場面として撮っているのだろう、迫力がある。
いい加減な描写ではあるが、迫力があり、

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ソウルメン [映画]

2008 アメリカ
MX 6/26

「第1回 キネマ麹町音楽祭」の4本目
上映時間100分の作品で、放映時間は105分。CMなしでの放映だった。これはありがたい。
前日見た「マイ・ガール」に続いてソウルの名曲にちなんだ映画。
こちらは、その黒人音楽が前面に押し出された作品。だが、それほど黒人文化のセンスが前面に出たものでなく、現代のアメリカ映画産業が作り出したコメディという感じ。まあ、コメディとしてはそれほど面白くはない。「ブルースブラザース」みたいなものを狙ったと思しき面もある。警察に追われながらもステージに上がり警察の監視の中絶賛を受けるなんてのは正にそれ。結末は異なっており、ブルースブラザースではそこから逃げ出すのだが、今作品はそこがフィナーレで、曲が終わって、お縄頂戴のポーズがラストシーン。
その後、クレジットが始まるのであるが、そこで片側に映像が流れNG場面がひとつふたつ。NG集かなと思いきや、その後主人公の片割れフロイドが喋りだす。だが聞いていると、登場人物フロイドというよりも、フロイドを演じているバーニー・マックのインタビューのようなのだ。これはフィクションのつくりとしては本来おかしいはずで、演者の素の部分をさらけ出すと、フィクションの世界が壊れてしまう。
そこでバーニー・マックは自分が笑いにかけてきた人生観のようなことを喋り、また彼のステージの様子、この映画撮影後のパーティのようなものか、また、この映画の中でのステージシーンの本編に出ていない部分なのか(ステージ場面では使われた部分以外にも長々とやったのではなかろうかと想像できる)、まあそういうようなものが流れる。さらに最後の方にアイザック・ヘイズ(この映画に本人役として出演している)のいくつかの画像、そして最後にアイザック・ヘイズとバーニー・マックの2ショット画像が出て、「真のソウルマンであった二人に捧げる」との文字。二人ともこの映画の撮影後、公開前に亡くなったらしい(バーニー・マックが2008年8月9日、アイザック・ヘイズが2008年8月10日と1日違いで亡くなっている、公開は11月)。

音楽は序盤でブッカーT&MGsの曲(クレジットによれば「ソウル・ドレッシング」)や、アルバート・キングの「ボーン・アンダー・ザ・バッド・サイン」、バーケイズの「ソウルフィンガー」などが立て続けに流れ、ついつい耳を奪われる。サウンドトラックはスタックスとクレジットされていた。


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マイ・ガール [映画]

1991 アメリカ
NHKBS

作品全般
「小さな恋のメロディ」を思い出すような淡く切ない少年少女の恋物語。主人公は少女・ベーダの方だが、彼女のキャラクターは「ペーパー・ムーン」を思い出させるような情緒不安定な少女。
ベーダはアンナ・クラムスキー。相手の少年、トーマスはマコーレー・カルキン。マコーレー・カルキンは1990年に「ホーム・アローン」でヒットを出している。
子役にあまり複雑な役をやらすのはあまり賛成できなくて、この作品は割りとそういう部分まで入り込んでる作品ではあるけれど、なかなか素晴らしい演技。
だけどトーマスが亡くなるというラスト20分くらいは素晴らしいが、そこまでは穏やかなテンポで進み、ちょっと退屈にも思える。
ダン・エイクロイドがベーダの父親(ハリー)役。
ブルースブラザースを思い出すが、あまり面影がない。と思ったがよく考えてみると、「ゴーストバスターズ」にも出てたっけ。それとは同じ顔つき。ブルースブラザースからゴーストバスターズで顔つきが変わったのかな。といってもブルースブラザースを忘れているのかもしれないけど

主題歌はテンプテーションズの「マイ・ガール」。この曲をモチーフにしているのだろうかはよくわからない。内容はあまり関係ないなと思いながら見ていたが、最後にこの曲がかかると、名曲過ぎるというのもあるが、なんとなく「なるほど」と思ってしまう。
ウィキ--
主題歌「マイ・ガール」(My Girl, 1964年の楽曲)がリバイバル・ヒットし、本人達も出演している。まだ黒人差別の根強かった1972年の時代設定で、唯一(四?)の黒人出演者である
--
どこに出ていたのだろう。わからなかった。出演者の中に黒人もいた(ハリーの友人かな、アーサー)が、それだろうか。または途中テレビを見ている場面が何回かあったが、そこらに映りこんでいるのだろうか。それにしても上記のウィキの文章(黒人差別の根強かった1972年の時代設定)だと、登場人物と関わりあう出演者っぽいが。

CCRの曲が2曲ほどかかってるなと思っていたが、その通りラストのクレジットで2曲みつけた。曲名は知らなかったが、やはり声が特徴的

同じキャスト、監督で続編があるようだ(マコーレー・カルキンはトーマスが死んでしまっているので出ていないが)。見てみたい。

本編のクレジット順は、ダン・エイクロイド、シェリー役のジェイミー・リー・カーティス、マコーレー・カルキン、アンナ・クラムスキー。英語のウィキもそれに倣っている。日本語のウィキではアンナ・クラムスキーがトップ。NHKが本編終了後差し込むクレジットでは一度に二人、マコーレー・カルキン、アンナ・クラムスキーの順で出てきて、それ以外のキャストクレジットはなし。

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スリーデイズ [映画]

2010 アメリカ
NHKBS 5/20

脱獄を扱ったサスペンス物。出来は良いと思う。面白い「だけ」の映画。
不自然に感じる場面もあまりなく、この手のものでお約束の追っ手が逃走者と接近し、ぎりぎりのタイミングで逃げられてしまう場面がラスト近くには何度もあるが、そこら辺もそう不自然ではない。
「無実」の罪で殺人犯として妻が収監され、その妻を奪って、外国へ逃げる計画を夫が実行する。この「無実」の部分はあまり描かれないが、そこは「無実」が前提と見る側は受け入れるべき。
不自然というかひとつだけわからなかったのは、序盤だったかで、刑務所のエレベーターに鍵を突っ込み試すが失敗する場面。あれはなにをやろうとしたのか、あれが失敗して計画がどう変わったのだろうか。
実行段階で、妻はそのことを教えられておらず、突如現われた夫に計画を知らされ狼狽し、逃げるのを拒むが、強引に連れ出され、逃げてるうちに、うまく逃げようとしだし、協力的になっていくのも自然な感じだ。突如そういう風になったら、そんなことうまくいくわけがないと、逃げるのを拒むだろうし、その後は追っ手とのギリギリの逃走劇で、その混乱の中、じっくり考える間もなく、ただ逃げることに集中しだすのも道理。

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レンタネコ [映画]

2012 日本
NHKBS 6/21

不思議少女が主役のファンタジー。成人女性だから少女ではないな。
最後にこの作品を題材にしたイラストが出てくるので、コミックが原作かと思ったがそうではないようだ
監督は荻上直子という人でかもめ食堂 という作品が代表作。「かもめ食堂」は小林聡美ともたいまさこが出演しており、この監督のほかの作品にもよく出ている。
ということを知ると、なるほど、今作品の主人公も小林聡美(「猫が好き」のころの若いときの)でもはまりそう。

「レンターネコ、ネコネコ」と声を上げながらネコをレンタルする仕事をしている主人公のサヨコを演じるのは市川実日子。美形でなく、多部未華子8割、貫地谷しほり2割という雰囲気。
サヨコがネコを誰かに貸し出し、それが戻ってくるまでというサイクルを繰り返す形式で、全部で4話に区切られている。明確に第1話とか出るわけではないが、一応終わると一瞬画面が暗転し、その後数秒相当に小さい画枠(周りは黒)でネコが動いてる姿が映り、次の話へ移る。
そういう形式なので、毎回同じやり取りの繰り返しで親しみやすくなっている。
ネコを積み込んだリヤカーを引き川端を歩きながら「レンターネコ」の掛け声。「貸して下さい」と人が現われて以降のやり取り(例えば、借主との会話で、「借り賃はいくら?」「1000円」「そんなに安いの?あなたの生活は成り立つの?」「私貧乏に見えますか」「多少」)など。
レンタルネコというあたりから、まあリアリティとは離れた世界観。であるから、ここがおかしいとか言っても仕方ない。上の例で出した借主との会話のところで、サヨコが「私レンタネコ以外にも仕事をしているんです」と答えるのだが、話のたびに、そのやっている仕事が違う。これは変だが、この作品の中でそうなのだから仕方ない。
ただ、そこで「株をやってる」と第1話では答え、その株をやっている場面が出てくるのだが、ここはリアリティがない。買うかどうか迷っている場面、そして「ようし」と声をかけクリック、ここで買ったのだろう、数秒後「よっしゃー」株価が上がっているのだろう。けど株って買った瞬間に上がるってのは、イベント前での決め撃ち以外考えられないわけで、イベント時間に合わせてのトレードでもなさそうだし、ここで株をやってる場面のリアリティなら、クリックして株を購入した後「これで仕込みは万全」とでも言わせておいたほうが良かろう。
さらにつけ加えれば、「借主との会話で、「借り賃はいくら?」「1000円」~」という部分であるが、実際は、「借り賃はいくら?」に一本指を出し応答。「1万円?」「いえいえ」「10万円?」「いえいえ、1000円です」「・・・」「高すぎますか」「いいえ、安すぎです。あなたも生活あるでしょ、大丈夫?」と続くのだが、指一本出したとき1万円を想定し、違うといわれ10万円を想定するような人が、1000円と言われてそれを高すぎると感じるだろうか、多少台詞に難ありと思える箇所だ。ファンタジーなんだからなんでもいいというわけでなく、そういう細かいところはきっちり作ったほうがよかろう
第1話の借主は草村礼子。
第3話はレンタカー屋へ赴いてのレンタネコのやり取りとちょっとパターンは変わり、第4話はそれまでとはまったく違うパターンで幼馴染とのやり取り。
途中時折挿入(各話の最後あたり)されるのが隣人との会話。このあばさんが小林克也にちょっと似てるなあなどと思っていたが、最後のキャストクレジットでそのとおりだったのには多少驚いた。新し目の作品で小林克也が最近どんな仕事をしてるか知らないが、世界観や人脈からして、この作品に出てるようには思えなかったのだ。しかもおばさん役。

つまらなかったわけではないが、第1話終わったあたりで、一旦休憩。一晩おいて、続きを見たのだが、その合間のところでこの映画について調べよう(監督だとか制作年とかそんな程度を軽く)と検索。ウィキが見当たらず、検索結果を下にスクロール(ウィキはなかった)。かなり上位に来ていた(公式サイトやいくつかの映画紹介サイトの記事そしてアマゾン、その次くらい)個人サイトが目につく。これが罵倒に近い酷評。
これをじっくりと読んだわけではない(見る前に酷評は読みたくない)が、その記事の序盤を軽く読み流した。そしてなるほどそういう見方もあるねと思った。そしてそれが翌日見ている態度にも相当に影響した。
こういう自分にとってどうということもない作品だと、割りとすんなり人の意見が入ってしまうものだなと改めて思った。自分の好きなタイプ、詳しいタイプの作品(好きな監督、好きな俳優、詳しいジャンル)だと、自分に多少自信があるから他人の見方は参考程度なのだが、こういう作品だとモロだ。
考えてみると、大抵の作品に高評価と低評価どちらの論評もやろうと思えばできるだろう。とても良い作品に罵倒とかしたくないからしないだけで。
であるから、どちらの評価も身体に入る素地はあるのだろうと思う。
今から、先に読んだそのサイトをもう一回読んでみようと思う。納得できるのだろうか

そういや、笑ゥせぇるすまんを思い出していた。あっちはブラックユーモアで今作品とは正反対ではあるけど、昆作品のサヨコの決め台詞が、心の穴ををネコで埋めてくださいねというものでちょっとつながるものがある。

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「ダーティハリー」シリーズ [映画]

NHKBS 放映日(シリーズ順に4/6、13、20、27、5/6)

主人公ハリー・キャラハンをクリント・イーストウッドが演じる。
シリーズを通して共通なのは、ハリー・キャラハンがクリント・イーストウッドということくらいか。シリーズ内で同じキャラが出てくるのは見当たらない(と思ったがウィキを見るとハリーの同僚だか上司で同じキャラを同じ俳優が演じているのは何人かいる)
相棒は殺されることが多い。また相棒のパートナー(妻)が旦那のことを心配するようなことをハリーに語る場面も多くある。第4作でも相棒は殺されてしまうのだが、出番は他シリーズより極端に少ない
また、作品でひとつの事件を解決するまでが描かれるが、その合間にその事件と無関係な事件にハリーが遭遇する場面というのも頻繁に描かれる。これによってハリーのキャラクターを印象付けているという効果があるのだろう。他の作品ではこのようにメインの事件以外のことが作品内に描かれるというのはあまり見られないような気がする。
第1作ではビルから飛び降りる男を助ける件や作品序盤のハリーが軽食を取っている後ろで起こる強盗事件、今作では、序盤のハイジャックされた飛行機にハリーが乗り込む件やスーパーへの押し入り強盗の件、第3作では冒頭の酒屋での強盗事件に自動車で突っ込む場面など。第4作でもハリー行きつけのコーヒーショップでの強盗の件がある。第5作では焼身自殺をテレビカメラの前で図ろうとする男とハリーが対峙する場面がある。また第5作ではメインのストーリーのほかに、ハリーが先に逮捕したマフィアのボスの部下たちがハリーを襲いに来るというサイドストーリーもある。
ハリーのキャラクターは同じ。それが人気となってのシリーズ化なのだから当然といえば当然。
しかし作品全体ではどことなく違う。例えば第2作。第1作にあった緊張感が感じられない。中盤までで何回か退屈さを感じる。またアクションシーンが盛りだくさんでそっちが見せ場という作りなのだが、第1作での成功はそこではないのだろうと思う
第4作はシリーズ中唯一となるクリント・イーストウッド本人が監督も兼ねる。そして1983年と80年代の作品となる。だからだろうか、この作品も前作までとは雰囲気がかなり異なる。特に音楽面では80年代を感じさせる音になっている。
第5作は平凡な出来。オープニング(夜景)、エンディング(ハリーとヒロインが現場から立ち去るところを空撮)は第4作を踏襲。
シリーズを通して「some of bitch 」という台詞が頻繁に出てくる。自分は英語の聞き取りが全く得意でないのに気付くほどだ


1971 アメリカ
監督のドン・シーゲルは今作だけを担当
昔見たことがあり、このブログに記録をつけ始めてからも、一度見ているが、やけにそっけない書き方だった。
今回シリーズ通して見ようと思い、見直したが、素晴らしい作品だと思う。
この作品はアメリカン・ニューシネマの代表作のひとつらしいのだが、そういう色が結構感じられる。
音楽が1970年代のアメリカ映画を感じさせる、エレクトリックジャズというかファンクというか、エレキギターがワウっぽく、エレクトリックピアノが前面に出ている。
クリント・イーストウッドの作品は監督としても演者としても、好きな作品と嫌いな作品が結構はっきり分かれる。これは好きな作品だが、先日見た「マンハッタン無宿」は好きでない。同じ監督で同じ傾向の作品なのだが。
今作でのハリーは格好つけてるが格好良く、嫌味な感じがしない。ところが、格好つけてる感じが嫌な感じの作品もままあるのだ


1973 アメリカ
今作も見ているうちに過去に見たことあることに気付いた(概ね忘れてはいたが)
不自然というか、イマイチな場面
郵便受の爆弾の話。ハリーの郵便受なら、女が郵便受に手をやったのを止める必要があるのだろうか。並びなのだから、隣の箱を空けるだけで爆発するのかもしれないが。
先に書いたスーパーへの押し入りの場面。なぜか相棒であるアーリー・スミスが店員に化けている。これはどういうことなんだろう。前にも強盗にあった店とのことだから、警戒中であり、店員に変装して、待機していたのか、ってそれは効率悪すぎ。怪しいやつが来たから、急行して、店員に成りすましたのだろうか
また今回の悪役側である新人警官4人。彼らは交通課であるが、ハリーが抜擢して殺人事件の捜査に合流させるという場面。交通課の警官がそんなところに抜擢されるのかねえ
そして彼らが犯人と確証を得たハリーとその新人警官たちが対峙する場面。なぜそこで新人警官たちはハリーを殺してしまわなかったのだろうか。これは殺さないでおけという命令があったとも、その場が殺しに適していないとも考えられるが(静かな地下駐車場のようであるが、警察の地下だとしたら殺す場所としては不適)


1976 アメリカ
女が相棒になるところが特徴。この作品も過去に見たような気がする。
最後アルカトラズが出てくる。アルカトラズって刑務所じゃなかったか(この作品より後になるが、クリント・イーストウッド主演でそこを舞台にした作品が作られている。)と思いながら見ている。その場所に犯人が拠点を構えており、そこが廃墟のようになっていることから、アルカトラズ刑務所が廃止になった後ということなのだろう
ラストで事件が解決した後に、サンフランシスコ警察がやってきて、犯人の要求どおり身代金を持ってきた旨のアナウンスがヘリから流れる場面がラストなのだが、ハリーの警察内での敵役のマヌケさが光る終わり方。
不自然さ
ラストでボビーが市長を連れ逃げながらハリーに応戦するのだが、鉄塔を登り、中盤に市長を置いて、自分だけ天辺へ行きハリーと交戦。これって市長が道連れにならないで自分が死ぬという舞台設定のように見えてしまう。市長が足手まといになるからという理由も考えられるが
黒人組織のリーダーがハリーと交渉する場面で、部屋の調度品をハリーに咎められあっさり取引に応じる場面は、警戒心がなく隙だらけと感じる


1983 アメリカ
ソンドラ・ロックが出演。事件の犯人である。過去に自らが働いてる店の先輩に誘われパーティに出て集団で自分と妹が犯されるという経験をしており、妹は痴呆状態。復讐に立ち上がり犯人たちを殺していくという内容。
その事件をハリーが担当しており、彼女が犯人とわかるものの、ラストで彼女を捕まえず真相も話さずに、彼女を犯した奴らに罪をなすりつけるということで幕を閉じる。
全体的に洗練されている印象
前作までは若々しいハリーであったが、今作では中年になった感がある。
不自然な点
強姦犯がハリーと対峙したとき、ハリーにとどめをささずに、海へ落っことして安心してしまっているところ。まあここでハリーが死んだら話が続かないからだけど。


1988 アメリカ
爆弾がセットされたリモコンカーとのカーチェイスは秀逸ではあるが、ハリーたちは車から降りれば良いだけだと思う。ここで相棒は怪我を負うものの防弾チョッキのせいもあり命は助かる。相棒が死なないのは珍しい。第1作も死んではいなかったと思うが。
序盤でGuns N' Rosesの「Welcome To The Jungle」がかかる。こういうところがこの時代の作品の嫌なところ、つまりロックバンドとのタイアップみたいなものを感じるところなんだよな、などと思っていたが、凝った作りになっている。すなわち単純にBGMとして流れるのではなく、それは映画撮影の場面で出演しているロックスターのプロモビデオとのタイアップ場面を撮影しているというメインストーリーの始まりの場面なのだ。
そういえば大スターになる前のジム・キャリーが出てると書いてあったのを思い出して、どこに出ていたのか調べたら、上記のロックスター、ジョニーの役がそうだった。あれはなかなかの名演だ。
番組サイトでの紹介あらすじは「人気ロック歌手、映画評論家、テレビ番組の司会者といった有名人たちが、次々と殺害される。事件を捜査していたハリーは、それらの犯行が、とある映画監督によって書かれた「死亡予想」リストに基づいていることに気づく。そして、リストの最後には、なんとハリー自身の名前が記されていた…」とこうなっている。これを見ただけで現代的というか、ダーティ・ハリーでやるような内容でないように思う



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マンハッタン無宿 [映画]

1968 アメリカ
NHKBS 5/26

監督 ドン・シーゲル
主演 クリント・イーストウッド
二人が組んだ最初の作品。

まあ正直言ってつまらなかったな。クリント・イーストウッドが格好良く作られてるだけの作品。その格好良さが流石に今見ると時代錯誤の感じがする。
格好良い男が出て、女が出てくると恋愛モードになるのが映画のお約束jということだからか、なぜそこで恋愛モードになるのか、不要じゃないかなと思えるような場面もいくつか(二人女性が出てきて両方とそういう場面がある)

大きなテーマは田舎者の警察官が都会に乗り込んでいって一匹狼的に活躍するというもの。田舎であるアリゾナの保安官補クーガンがクリント・イーストウッド。彼が保安官に命じられニューヨークに犯罪人を引き取りに行くという話。クーガンはたぶんアリゾナでも一風変わったというか、古臭い男なのだと思う、カウボーイハットをかぶった男。NYでは会う人ごとにそれをからかわれるのだが、それが結構執拗。そこで出てくる名前が「ワイアット」「バッファロー・ビル」「OK牧場」など。
クーガンはNYでも馴染めず一人で行動してようやっと犯人を捕まえるというような話ではあるのだが、実際には、犯人を引き取りに行っているのであって、その引渡しが上手く行かないからと強引に連れ出したら、逃げられて、NY警察からはもう一切手を出すなと言われ、それでも勝手に行動して、なんとか捕まえるという話で一人でドッタンバッタンやってるだけと突っ込みたい。

映像はところどころ良いものがあった。

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アウトブレイク [映画]

1995 アメリカ
NHKBS 4/29

ダスティン・ホフマン主演
面白い「だけ」の映画。悪口じゃないけど。
自分の生き方に影響を与えるような作品ではなく、見ている最中だけ夢中になって、終わったら「ああ、面白かった」で終わる。制作側もそういうのを目指して作ってるんだから、それで文句は全くない。前に見た「コンテイジョン」というのもウイルスを扱った作品で面白かったな

サムが命令に従わずヘリを奪って行動する場面以降はちょっと彼が活躍しすぎか。

原作はなく、オリジナルの脚本とのことだが、小説版が出ているらしい
ウィキ--
名前の由来は感染が確認された村の近くを流れる「モターバ川」から。一方、アメリカで発見された空気感染するタイプは「ヤンキー・モターバ」と呼ばれた。更にヤンキー・モターバには髭状の物質が生えているのが特徴である。映画では宿主が空気感染する/しない両方の株を保持しているという説明がされているが、小説版では原株がヘンリー(感染した技師)の持病=喘息から遺伝子的影響を受けてヤンキー・モターバに変異したという憶測が展開されている
--
この小説版だと猿を捕まえても血清は作れないのではなかろうか。

ウィキに「名前の由来は感染が確認された村の近くを流れる「モターバ川」から。一方、アメリカで発見された空気感染するタイプは「ヤンキー・モターバ」と呼ばれた」とあるが、「ヤンキー・モターバ」なんて作品内で呼ばれてなかったような気がするが、字幕がそうなってなかっただけだろうか。

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トットてれび [テレビドラマ]

2016年4月30日から6月18日までNHK土曜ドラマ(20:15 - 20:43)にて全7回で放送
最初から話題になっており、放映後も結構な賞賛の番組
まあこの題材をお金をかけて作ればつまらなくなるわけがないという感じで、第1回を見たときは相当に興奮した。それ以降はそれなりのクオリティを保ったが、どんどん良くなるという感じではなかった。
第1回はなにがすごいかといえば、ラストの曲「買い物ブギ」にミュージカルスタイルの盛り上がりにやられてしまったのかもしれない。そこでミュージカルスタイルが出てくることが抜群の演出とは思わないにしても。ノリの良い音楽でお祭り状態にされると、そこまでの内容も良かったことから、すっかり興奮状態にさせられた。そしてラストの満島ひかりが演じている徹子がカメラ目線になる場面。これは凄い。楽しそうに「また来週」みたいな感じでなく、物憂げな表情。本来ドラマでカメラ目線というのはNGか、それを承知であえてやるかというもの。ミュージカルになると、それが作り物であることを顕わにしているのであるからカメラ目線もアリか。このカメラ目線がどういう意味になるのかわからないが、インパクトが相当にある。ミュージカル部分でないとして、そしてあえてやってるのでないとして、徹子ならやりそうというのもある。
第4話までは、徹子がNHK専属女優になるところこから、休業してニューヨークへ行くまで。第5話以降は特に関係の深い3人とのエピソードを1話でひとりずつ、第5話が向田邦子、第6話が渥美清、第7話が森繁久彌。といっても話の進行は第4話以降も順序良くなっている。向田邦子が亡くなったのは1981年、渥美清が亡くなったのは1996年、森繁とのエピソードは2003年に会ったのが最後という風に綴られている。
ここでは渥美の回に特に注目。「男はつらいよ」の収録現場を訪ねた際、普段ほとんど喋らないで寡黙だった渥美が黒柳の訪問でにこやかになり、気難しい渥美しか見ていない若いスタッフが驚いたというエピソードがあるが、それがドラマで再現されてると良いなあと思いながら見たのだが、若いスタッフが具体的に「渥美さんが機嫌よくてびっくりした」というような台詞はなかったが、黒柳を迎える渥美を見て驚くスタッフや、黒柳と渥美の談笑を見守りながら、ちょっと驚いた表情をする共演者という場面があり、充分だと感じた。
「男はつらいよ」の共演者といえば、源ちゃんが、カメラの半分あたりでチラリチラリと映る場面があり、本物の佐藤蛾次郎登場かとびっくりした。佐藤蛾次郎なら出てきそうでもあるし。それは見直したら違っていたが、その他の共演者も雰囲気だけは似せていて楽しい。タコ社長と博が似ている。あとオイちゃんおばちゃんらしき人がいたが、さくらはいなかった。さすがに出しにくいのだろう。
森繁の回。2001年の徹子の部屋のエピソードをやっていたが、あまりしゃべらないのはしょうがないにしても、森繁が語っていることに徹子が怒って、収録を止めているけど、それほど変なこと喋ってるとは思えない。その放送がどれほど変な感じになってしまったのかは知らないが。

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