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マスク [映画]

1994 アメリカ
BS朝日 5/28 吹替版 声優はクレジットなし 録画時間119分

あまり重苦しい真面目なものを見たくなくて、コメディが見たい気分だった。この映画のことは公開当時流行ったのだろう、タイトルとその異様なマスクをした男の宣材画像は知ってはいたが、勝手に「オペラ座の怪人」的なものを想像していた。が、サイトの紹介で「主演のジム・キャリーをスターダムにのしあげた、あの懐かしの爆笑コメディ映画登場」とあり、録画した。
主演のジム・キャリー、ヒロインのキャメロン・ディアス(これがデビュー作)、両者をスターにした作品。あれれ、キャメロン・ディアスってよく聞くけど、出演作一覧を見たら、これだ! というようなのが見当たらないな。

マスクをつけたときのはっちゃけぶりが面白いっちゃあ面白い。

ジム・キャリーという人は相当にくどいベタで大味なコメディアンという感じだな。そんなに見た作品数はないけど。

ひとつ萎えたのはラスト近く、ジム・キャリーが刑事を脅して脱獄する場面。刑事の頭に拳銃を構えるのだが、スキだらけで、どう見ても刑事が反撃できる。ギャグでもないし、コメディだからいい加減にしていい場面でもない。演出変えるなり、もっとリアルにやる(単に拳銃を頭から逸らさないくらいで良い)なり、すりゃいいのに。

最後の闘いの場面で、犬がマスクを取ったとき、犬がマスクをかぶるのか、ジムに渡すのかと思ったが、案の定犬がマスクをかぶったところは良い。なかなかの見せ場。もっと犬が発狂して凶暴になるかと思ったが。

途中でグラミー賞かなんかのパロディ的場面だと思うが、「オズの魔法使」の台詞が出てくる。それに続けていくつか何かの作品のパロディの台詞だろうものが出てくるが、それは何の作品かわからなかった

「自動車整備工場は『ゴーストバスターズ』で使用されたビルと同じものである」とのこと。そういや見てるときちょっとだけ思い起こした

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荒野の決闘 [映画]

1946 アメリカ
NHKBS 4/5 録画時間:102分(上映時間、97分(劇場公開版)、104分(非公開試写版))
非公開試写版というのがあるらしいが、今回放映は劇場公開版

見終えてからウィキで解説を読んだ。
以下はセンスのない自分の感想である。
大層な名作であるようだが、そうは感じなかった。最初の方は退屈で眠ってしまった。
古い映画で、他の自分が見慣れてる西部劇よりずいぶんあっさりしている感じがした。その見慣れてるのがいつくらいの時代のものなのか、今作と同時期のものにどんなのがあるか、などは調べてもいないのでわからないが。
だが、今作品は監督がジョン・フォードで『駅馬車』(1939)以来の西部劇。ふうむ。
「ジョン・フォード監督作品の西部劇映画の中でも『駅馬車』と並んで、最高傑作と評されている。『駅馬車』が動の西部劇なら、『荒野の決闘』は静の西部劇との声もある」とのこと
撮影場所も駅馬車と同じだそうだ。

ラストがOK牧場の決闘であるが、そこまでの展開でも銃を使う場面はあるが、それはあっさりしたもの。そしてラストの銃撃戦もどぎつくない。

これまで見てきたワイアット・アープ(ヘンリー・フォンダ)だとかドク・ホリデイとイメージが違う感じがしたのだが、どれが正しいのかはわからない。

ドク・ホリデイは正式には「ジョン・ヘンリー・ホリデイ」という。歯学博士の称号を持つことから「ドクター」と呼ばれ、それで「ドク・ホリデイ」というのが通称。であるから、ここでは何度か「ドクター・ジョン・ホリデイ」と呼ばれる場面がある。もちろんアーティストのドクター・ジョンとは関係がない。

コメディ的要素はほとんどないのだが、途中の床屋で香水をかけられてワイアットがその後会う人々にいちいち指摘される部分は笑わせにかかっているのだろう。ずっと真面目な調子の映画だから、ここ笑う場面か?と一瞬戸惑うが、こういうトーンにちょっと入れてくるセンスは好き



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ブラック・ドッグ [映画]

1998 アメリカ
5月24日(火)1:59~3:58(月曜深夜) 「映画天国」

上映時間は88分となっている。録画時間は119分であるが、ラストに20分くらい新作映画の宣伝、冒頭にもいつものように5分ほどあったから、本編放映時間は相当に短く、大幅にカットされているのかと思いきや、作品自体が短い作品か

平均的なカーアクションもの。使われる車はトラック。
主人公・ジャックはトラックの凄腕運転手だが、刑務所から仮出所になったばかりで運転は止めている。中盤のせりふでかつて「ブラックドッグ」を運転中に見て死亡事故を起こし刑務所に入ったとのこと。ブラックドッグはウィキを検索すると色々説明されているが、ここではトラックの運転手の間に広まっている噂で、深夜に長距離の運転を休まずに続けていると目の前にブラッグドッグ、つまり黒い犬が現われるというもの。これがタイトルになっている。

仮出所で身許を預かってもらい恩のある社長・カトラーから、あるブツを運ぶためトラックの運転を頼まれ、家が差し押さえになるなど金に困っていたジャックはそれを引き受ける。
運送に関わるのはジャックたち4人。ブツの差出人であるレッドは、それをジャックたちに渡すものの、横取りを企む。ジャック以外の3人も外部に連絡しているらしく油断ならない(実際、ひとりはFBI、もうひとりはレッドとつながっていた)。
ブツは拳銃で、それをFBIとATF(たしか字幕では「銃器取締局」となっていた)が共同で追う。
レッドが執拗に追回し、大混乱になってきた段階でジャックたちは運ばされているものを確認し、その仕事を完遂すべきか悩みだすが、カトラーはジャックの母娘を誘拐し、運ぶよう強迫する。
かくて、ジャックたち、レッド、カトラー、FBIとATFという4者でのカーアクション&ガンアクション。
ジャックたちは、レッドを振り切り、カトラーと取引をするとみせかけFBIに通報。かくて黒幕のカトラーも捕まることになる。
ここらで大団円、エピローグの雰囲気になったが、まだ録画時間が相当に残ってて、アレレと思っていると、ジャックが家族と車で帰るところで、レッドが再登場してもう一度カーバトル。ここはちょっと蛇足かもしれない。

レッドは常に赤い車に乗っていたと思う。わかりやすい。レッドはミート・ローフというロックシンガーが演じている。ええと有名な人だっけ。誰かと勘違いしてるかもしれないが、、、

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衝動殺人 息子よ [映画]

1979 日本
BSTBS 4/12

監督:木下惠介
出演
若山富三郎
高峰秀子
音楽:木下忠司

若山富三郎主演ということで息子を殺され復讐に燃えるようなおどろおどろしい作品を予想していたのが、そういうのとは正反対。監督が木下惠介ということでヒューマニズム思想が前面に出た「優等生」的な作品。ドラマというのは目を惹くためにおどろおどろしい方向に向かいがちでそういうのに慣れている目からするとその優等生的な部分が多少こそばゆい。
若山富三郎の演技がすばらしい。工場経営の初老の男なのだが、作業着から私服へ変わると格好良い。
高峰秀子の引退作。まだまだいくらでも仕事できそうな感じでおしい。というか調べたらまだ当時55歳、早い引退であるし以下のようなエピソードも
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1979年(昭和54年)、木下監督の『衝動殺人 息子よ』に出演予定であった八千草薫が降板し、代役を依頼され出演する。久々の映画出演に製作発表記者会見ではこれで引退かと質問され、「とっくに引退したつもりだったんですけどねえ」と答えている。製作中の後日、女優引退を発表、これが最後の映画出演となった
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息子を殺され、「犯罪被害者給付金制度」の制定運動に尽力していく際に、そういう被害にあった人々の元を訪れ会に参加を促すのだが、そういう場面での面会の相手にも結構名高い俳優が出てくる。藤田まこと、吉永小百合、中村玉緒など。
大学教授の役で加藤剛が出ている。まだ若手の役でサングラスだろうか、色つきの眼鏡をかけていて、なんというかダサい。先に若山富三郎が格好良いと書いたが、この手の作品で時代を感じるのは若者のファッションだ。この作品でも加藤剛以外に、尾藤イサオや近藤正臣、そして序盤で殺されてしまう主人公の息子役の田中健にそれを感じる。ここでは若い女性はあまり出てこない。大竹しのぶと吉永小百合くらいか。大竹しのぶは田中健の婚約者という役どころで田舎農家の娘であるからかファッションに疎いから返って古さを感じるような場面はなく、若山から面会を受ける吉永小百合は被害者のひとりで、家で苦しい家計をやりくりしているという役だからこちらもファッションを楽しむ余裕などないということだろう。
田中健はケーナ奏者で有名だが、この作品ではハーモニカを吹いてる場面がある。

「この映画が世論を動かし、犯罪被害者給付金制度の成立に貢献したとも言われる」とあるが、作品の終盤で国会に参考人として呼ばれる場面があり、「なんだ、成立に貢献というより、成立したまでを描いているのか」と思ったが、そこらへんで主人公は亡くなったらしく(この作品はノンフィクション作品が原作で、原作が出てすぐ映画化されている。主人公にもモデルがいる)、それを引き継ぎ妻が運動を進め、法案が成立したとのこと。

頭に書いたように「優等生」的な作品で、そういう印象を強めるのが音楽のいくつかで、素朴な童謡風、面白みのないメロディとも言えるが、そういうものであるのがうまくはまっている。

現代目線で言うと市民運動なんてうそ臭いと思ってしまいがちで、そういう時代の影響を多少感じるのは、新聞記者である近藤正臣と尾藤イサオ(若山の甥、つまり殺された息子とはいとこの役)の会話、マスコミが一切の疑いのない正義の存在のように扱われているところ、いや、正義であるはずなんだからもっとこの運動を報道しろよ的な台詞があり、このことからマスコミへの疑いの目と言うものは一切ないと感じられる

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E.T. 20周年記念特別版 [映画]

1982(「20周年記念特別版」は2002) アメリカ
NHKBS 3/30(2015)

ずいぶん前に放映され録画したものをようやく見た。
たぶん公開当時以来(その後もしかしたらビデオで見たかもしれないが)の再見である。公開当時は子供だったが映画館で映画を観る(小学校のころ体育館などでやってたPTA推薦的な映画はそれ以前に観ているな)という行為が初めてかそれに近いくらいの体験であるからか、印象深い。
大まかな筋と結末だけは覚えているから、特別な発見というようなものはなかった
思ったよりシンプルなストーリーでエピソードがあまり詰め込まれていない。見事な短編御伽噺という感じ。だが短編ではないわけで、時間が短く感じられた。でももうちょっと短くもできそうにも思えた。エリオットとETの治療場面は長すぎか。
またETへの治療が人間に対するそれと同じでちょっと失笑。でもわかりやすからいいのか。もしくは人間と同じような構造だったということか。

ETを捜索する警察なども巻き込んでの組織、ナサだろうか、その人間たちが中盤までは顔は映さず首より下で撮影されているのが印象的。ちょっとガンバの冒険での人間の扱いを思い出した(顔が映らないだったか、顔が影で黒くなって表情が見えないだったかそんな感じだったはず、。また台詞も全くなかったか、あってもちょっとなんらかの印象的な処理がしてあったはず)。

「20周年記念特別版」での変更部分はいくつかあるようだが「ラストで、宇宙船内部に近寄ろうとする犬のハーヴェイを、エリオットが呼び戻すシーンがカットされている」とあり、なぜかこの場面は大したことない場面なのに覚えており(ラストだからだろうか)、今回見ているとき、「あれっ、何も言わないのか」と思った。

ETがガーティに最後にかける言葉が字幕で「イイ子」となっており、台詞も「イイコ」と聞こえて、「あれれれ、日本語か?」と思ってしまった。前半にも「イイ子」っていうETの台詞あったはずと頭をめぐらして「Be good」だとわかった。

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釣りバカ日誌14 お遍路大パニック! [映画]

前回も書いたような気がするが、今作はシリーズの平均的な出来。シリーズの平均自体が低いので、これも大した作ではない。

谷啓が演じる佐々木課長が昇進して、営業3課の後任課長役が今回のメインゲストのひとり、三宅裕司。ヒロインが高島礼子。

ちょい役で笑福亭仁鶴、間寛平の上方芸人。松村邦洋とよゐこも出ている。よゐこの濱口優は営業3課の課員なので次回以降も出演するようだ。

秘書の草森が中村梅雀から斉藤洋介になっていたが、次回以降、再び梅雀。

メインゲストふたりが東京で観光する場面で、末広亭で寄席鑑賞をするが、そこで舞台に上がってるのが東京ボーイズ(落語家が落語をやっている場面もあって、それは笑福亭里光となっていた、名前からして鶴光の弟子だろう)。

最初のほうでは三宅裕司と西田敏行(作品内では上司部下の関係)がバーで飲む場面があり、ここでは突然バンドがブルースを演奏し始め、二人が歌いだすというミュージカル風展開、ホーンセクションが加わる曲で彼らの扮装はブルースブラザース風。その場面では三宅、西田もハットをかぶりブルースブラザース感が増す。クレジットによればSPANK-A-FUNK。またそこで歌われた曲だと思うが挿入曲の「クレジットで作曲が三宅裕司となっている曲もあった。

三宅裕司はちょこちょこコメディ的小芝居をやっているがあまり面白くない。この人は舞台が高く評価されている(大きな場所で毎年やっている。観客が金を払って観る舞台なので人気がなければ継続してやれないだろう)人なので舞台の人ということなのだろうか

メインゲストの二人、三宅裕司と高島礼子の登場の仕方と作品内でのキャラクターの演出の仕方が疑問。
三宅裕司は谷啓の後釜、営業三課の課長、頭がキレ仕事が出来るタイプのように登場するが、ハマちゃんとの出会いとその晩のバーでの飲みで陥落。いや、というよりもバーの場面はミュージカル仕立てというか音楽を利用しての対決であるから、陥落したともいえない。その後の会社の場面でも休暇申請にきたハマちゃんを叱りながらも結局承認し、その後はグタグタと頭がキレ仕事が出来る様子はまったくなし。最初の登場の仕方が意味ない。
高島礼子はハマちゃんスーさんの乗るタクシーに無理な追越をされ、ド迫力で注意するトラックドライバー。「男まさりの女性」というキャラクター。そのキャラクターはサイゴまで貫かれるが、最初の場面のすぐ後に、ハマちゃんたちが、訪れた旅館の娘でもあるという設定で、そこで出会って、「さきほどはほんとうに失礼致しました」と平身低頭。登場の場面で派手に啖呵を切っただけにこれはちょっと格好悪い。
本編のキャラと異なった意外な登場の仕方、そして、その後に再会するとき、お互いが「あっ、あのときの」という風に驚くというのはよくあるパターンで、それをやるのはもちろん全く問題ないのだが、先に書いたふたつはもうちょっと工夫したほうが良さそう

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犬神家の一族 [映画]

2006 日本
BSTBS 5/23

監督・市川崑、主演・石坂浩二のコンビによる1976年版のリメイク
石坂浩二は頬のたるみに老いが見える。
ウィキ--
金田一により一同の前で真犯人が明らかにされた後、真犯人の取る行動は旧作、本作とも同様である。しかし、その行動に対する金田一の対応は、旧作と本作とでは大幅に異なっている。一見すると金田一の行動に違いは見受けられないが、金田一の視線の演技が異なるため、旧作と本作とでは意味が全く異なる
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ここは全然わからない。というのも旧作が今手元になく、どんなだったか全く覚えていない。
サイトを色々調べて、金田一が松子が自殺することに旧作では気付いていなくて「しまった」と言っているが、今作では自殺することがわかっていながら止めずにいて、松子が事を起こした後に気付かなかったから止める事ができなかったように見せるための「しまった」ということのようだ
またその場面の後のほんとうのラストシーンも両作で異なっていることが多くのサイトで指摘されていた。
そして、この両作はそれ以外の多くの場面ではことごとくそっくりにしているというのも大きな特徴のようだ。
そういえば旧作では犬神佐兵衛と恩人・野々宮大弐について相当描かれていたように思う。それは今作と比較してという意味だが、今作ではほとんど説明されていなかった(台詞で珠世が何者かを語る場面でサラッと出てきただけ)

加藤武はいつもの役どころで、「ようし、わかった」は3回。
老けてはいるが、警察署長としては許容範囲
大滝秀治はまったく同じ役。
そのほかにも旧作にも今作にも出ている人は何人かいてそれぞれにそれなりのエピソードがある。
犬神家の3姉妹は富司純子(松子役)、松坂慶子(竹子役)、萬田久子(梅子役)。尾上菊之助が松子の息子の佐清役。実際の母子での配役。
松竹梅が娘の名というのは覚えやすい。市川崑の作品では「黒い十人の女」で出てくる女たちの名前が1から10にちなんだものになっており、ここでもそういう遊びなのかと思っていたが、父親の娘に対する投げやりな気持ちという指摘をどこかで読んでなるほどと思った(原作からそういう名前になっている)

上映時間134分で、放映時間150分、CMの量を考えるとちょっとカットされているように思う。


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ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬 [映画]

2011 イギリス
NHKBS 5/23

「Mr.ビーン」で有名なローワン・アトキンソン主演のコメディ。スパイ物でそういう映画のパロディなんかもあるんだろうけど、詳しくないからわからない。
テイストはMr.ビーン風。ローワン・アトキンソンがMr.ビーンをやっていたのはずいぶん昔だが、それよりちょっと老けたという程度。
いくつか吹き出した場面もあった。
最後はイギリス女王を交えたギャグ。そういえばロンドンオリンピックの開会式でローワン・アトキンソンも女王陛下も登場していた。
キャストクレジットの際に映るローワン・アトキンソンの料理の場面はこれといって面白くなくなんの意味があるんだろう


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ゲーム [映画]

1997 アメリカ
NHKBS 5/6

監督 デヴィッド・フィンチャー
出演者
マイケル・ダグラス
ショーン・ペン

まず序盤から中盤にかけては主人公・ニコラスは巻き込まれた「ゲーム」の不思議な感覚が面白い数年ぶりに出会ったコンラッドからもらったCRSという会社の「ゲーム」の招待状。その「ゲーム」の内容が主人公、そして観ている観客にとってまったく訳の分からないもので「世にも奇妙な物語」のような不条理な感じで進行していく。
後半に入り、それが大規模な詐欺だったということがわかり(その詐欺というのは嘘だということがラストに明らかになる)、そこで、詐欺ということがわかり、そこまでの不条理感はなくなる。
ラストは2段構えのどんでん返し。復讐に燃えたニコラスがCRSに殴り込みをかける。これは「ゲーム」なのという説得が入るが、聞く耳持たず、銃を構え開いたドアに向かって発射。正装の蝶ネクタイ姿で現われた弟のコンラッドを射殺。これはニコラスへの誕生日プレゼントの「ゲーム」だったのだ。と、ここまでが第一弾のどんでん返し。
そして絶望したニコラスはビルから飛び降りると、隣の建物のガラス屋根を突き破り、用意されていたビニールのクッションの上に落ちる。そしてここまでがシナリオでの大団円。本当にニコラスへの誕生日プレゼントでコンラッドも死んではいなかった(腹のあたりに血糊がついているが、これは赤いインクかなにかなのだろう)。
ここで陽気なスイングジャズが始まり、映画は終わる。この音楽を聞いているとハッピーエンドの楽しい映画という感じになるが、本作品のほとんどの部分が不気味なサスペンスで、さすがにそういう楽しい映画というジャンルでなく、サスペンスという領域の作品だろう。

なんのこっちゃというのが見終えた印象。
全体を見ると、ニコラスがあれだけのことをやられて(メキシコへ置き去りにされたりしている)後、「あれは「ゲーム」だよ。はっはっは」で済むかねと思う。
また序盤の「ゲーム」に入り込む過程で、ニコラスが「ただなんとなく」「ちょっと時間が空いたから」程度で参加していくのがちょっと解せない。あれだけのビジネスをやっている人間がかなり怪しげでそして内容のわからないものに入ろうとするかねえ。
ただ、これは弟が紹介してくれたということが大きいのかもしれない。弟への負い目みたいなものが何回か作品を通して出てくるし、ラストではコンラッドが「兄さんに変わってほしかったんだ」というような台詞もある(とってつけたような台詞に思えるけど)。
それからCRSがこれだけの大規模な仕掛けができるのかというところが疑問。ここらはちょっとリアリティの欠如。例えば、ニコラスが出会う人出会う人すべてがCRS側の人間であったり、家のテレビでニュースを喋っているアナウンサーが突然ニコラスに話しかけてきたり。でも観終えて整理してみると、この程度の仕掛けは可能かもしれないが。

先に書いたが最大の難点はこれだけひどい目に合わされても、それを大きなドッキリみたく受け止めてるのがどうにもすかされた気分。

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白熱 [映画]

1949 アメリカ
NHKBS 5/18

ジェームズ・キャグニー主演のギャング映画。
モノクロ
出ている女優に見覚えがあると思ったら、「ヒット・パレード」に出ていたヴァージニア・メイヨ。一回見ると忘れられない顔立ち。その作品と同じく今作でもちょっとセクシーちょっとわがままなギャングの女という役回り。
ジェームズ・キャグニーは著名な俳優だが、自分は今回が見るのが初めてだと思う。こういう顔の人かあ。
彼が演じるギャングのボスは強烈なマザコンという個性的な設定でそこが見所。


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