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雨月物語 [映画]

53年 日本 2点
監督・溝口健二
ちょっと前に台詞が聞き取れないことがあることについて書いた。比較的、製作年が古い作品に多いのだが、今作品は、なぜか非常に聞き取りやすかった。なんでだろう。
「映画女優」という作品でこの監督が台詞に異様に拘ってることが描写されていたことを思い出した。
で、聞き取れたからということが最大の理由だがストーリーも難なく頭に入る。事前にストーリーについてはまったく予備知識なかったのだが。
出演
若狭:京マチ子
阿濱:水戸光子
宮木:田中絹代
源十郎:森雅之
藤兵衛:小沢栄
最初のキャストクレジットで、京マチ子と田中絹代の名前が目に入る。終盤まで見て、あれ、田中絹代はどこに出てたんだろう、もうすぐ終わってしまうのに、などと思っていると、ラスト近くの場面での宮木の台詞回しで、あ、これかと気付く。よく考えてみると田中絹代についてほとんど知らない。男はつらいよの何作目だかにゲスト出演していて異様な存在感だったのを知ってる程度だ。そしてそのときの台詞回しとその終盤のそれが似通っていたので気付いた。前半の宮木はどうだったんだろう。あまり意識して見てなかったから気付かなかった。

主演が京マチ子になってるが、物語的には宮木と源十郎の夫婦、阿濱と藤兵衛の夫婦の4人の話。台詞からすると、減十郎と阿濱は兄妹。前半でその4人が色々状況説明的に登場してくるが、どれもよく知らない人で、このままどんどん登場人物が出てくると、顔の区別がつきにくく、わかりづらそうだなと思っていたが、その4人に焦点をあて目立つように作ってあり、他の登場人物が背景のようになっており、混乱することはなかった。
中盤で登場する若狭が京マチ子。この人はもともとそういう風貌であるが、雅なお姫様役。どことなく現実感がないように思えたが、なんのことはない、幽霊だったのだ。
幽霊、というか、幻想の世界というか、そのような場面が現実世界の中に入り込むような作りであるが、それほど小難しい作品ではない。幻想の世界はあとから、その部分は幻想だったのだということがわかりやすく語られている。
もうひとつの幻想の世界は源十郎が帰郷し宮木と再会する場面。この場面の入り方はなかなか絶妙。
源十郎は自分の家(小屋)に戸を開け入っていくのだが、その中は荒れ果てており空っぽ。奥へ行き戸を開け奥の部屋(家は大きな小屋で中は3つくらいに仕切られている)から隣の部屋へ入っていき、最前と逆方向へ歩き、戸を開け外へ出て行く。つまり最初に入ってきた戸の隣の部屋の戸から出て行ったわけだ。そして、また最初に入ってきた戸を開け小屋へ入ってくると、そこには宮木がいる。
この家を一周する間がワンカットで撮られている。ぼーっと見ていたが、最初だれもいなかった部屋だったのに、と、さすがに「あれ?」と思い、都合3度見直してしまった。この家を一周する間にさきほどまで若狭との逢瀬で幻想の世界に遊んでいた源十郎が現実へ戻り宮木との再会になったのかな、などと思う。
その後庄屋から宮木が亡くなっていることを聞かされ、宮木は幽霊だったとわかる。作品中盤で宮木は死んでいるのだが、自分はそのことを忘れてしまっていたのだ。
さて、その宮木と源十郎の場面、10分くらいだろうか、やっていることは非常に少ない。少し会話して子供のところへ行き減十郎は眠ってしまい、それを見守る宮木。とこれだけだ。これが非常にゆっくりした感じで、俳優が静止しているところをカメラが撮り続ける。

今作品の現実世界の出来事でいうと、男どもが今の観点で言うと非常にいい加減。欲望に忠実というか、やりたかったことが目の前に現われると、躊躇なくそちらに飛びつくという軽率さ。
また、この時代の男女関係の道徳が今の観点でいうと、なんでそこまで拘るのか、と言いたくなる。それは若狭と源十郎もそうだし、藤兵衛と阿濱もそうだ

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サンフランシスコ人

10/22 サンフランシスコ近代美術館で「雨月物語」を上映....

https://www.sfmoma.org/event/ugetsu/
by サンフランシスコ人 (2016-10-09 03:58) 

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