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ドゥーマ [映画]

2005 アメリカ
10/17(火) 01:59 -
日テレ1|119分
映画天国

「動物」「子供」もの。その公式に沿った作品。自分はあまり好きでないタイプの作品。たぶんそういう目を抜いても大した作品ではないだろう。演出の細かいところが雑なところが目立つ。この手のものは大仰な感動を押し付けるようなタイプが多いが、この作品はなぜか寸止めになってるところが多く、あっさりしており、そこらへんが特徴といえばいえる。がそういう感動を否定してる作りなのかといえば、そんなことはなく大きな意味でのストーリーはまさにそういう作り。
南アフリカが舞台で白人の少年が道端で見つけたチーターの子供を飼い始めるが、成長するに従い自然に返さねばならないことに気づき、そのため旅に出るというような話で、その旅の最中にまあありがちないろいろなエピソードが挟み込まれる。

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椿三十郎 [映画]

1962 日本
NHK BSプレミアム 2017年3月31日(金)9:00~10:37

これは2007年のリメイクを見ていてストーリーが大層面白かったのを覚えており、たぶんそちらはほとんど同じに作ったものと思われるが、今回見ていて一回ですんなり頭に入った。
比較的あっさりした作りなのだなあと思う。
主役が三船敏郎、二番手が若手の仲代達矢というのは「用心棒」と同じ。
主人公に従う若手に田中邦衛だとか、加山雄三(加山のほうは見ていてわからなかったけど)。
あと団令子も出ている。入江たか子と母娘役だ
堺左千夫の名前もある。たしか「用心棒」にもあったはず。この3人も見ていてわからなかったけど


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オ―ル・ザ・キングスメン [映画]

2006 アメリカ 評価S
09/09(土) 19:00 -
BS12トゥエルビ|145分

いずれもう一度見てみたいという意味での評価
えっと、多分これ相当に面白い映画。自分の都合でどうにも集中できない中見ていて、何度も中断してしまい、また再開しようとしたときもなんか気が重かった。見始めるとのめり込むし、先に書いたように相当に面白いと思うんだがね。
舞台はルイジアナ。「怪物」だとか「悪魔」だとか「妖怪」だとか評されそうな政治家の話。ショーン・ペンが主役で庶民の味方を標榜して知事に成り上がるウィリー・スタークの役。今作はもうショーン・ペンに尽きるという感じがする。この人の悪人面が見事嵌っている
他にジュード・ロウ、アンソニー・ホプキンス、ケイト・ウィンスレットなど。ジュード・ロウがスタークの側近で作品の語り手の役。アンソニー・ホプキンスはこの次の週に「日の名残り」も放映されている。
調べてみると、原作はロバート・ペン・ウォーレンの小説であり、1949年の同名映画のリメイクである。タイトルの意味はハンプティ・ダンプティの詩の一部に由来。「王様の家来みんな」とのことで、タイトル通りの話。
テーマ音楽が印象的な暗いもので、これが結構何回もかかる。また、それに合わせた曲調の音楽が絶えず流れており、不気味。

アメリカ南部の印象的な風景がいくらか映し出される。背景としてその知事を熱狂的に応援する貧しい階級の農民というのが出てくる。
音楽的にもちょっとだけニューオリンズっぽいものが。ひとつはスタークがキャンペーンソングでも録音しているのか、歌う場面があり、それがニューオリンズ風。また登場人物がオープンしてない店で会う場面があり、その店のステージで男がアコースティックギターでブルーズを弾いている場面がある。
また、序盤、スタークが知事選に出ることになっての最初の演説の場面、学校らしきところで子供たちが演奏で彼を迎えるのだが、その演奏がアコーディオンでアメリカ南部風。子供のころから仕込まれてるのだな。
先日見た「真夜中のサバナ」で知ったサバナも出てくる。あれ、でもサバナはジョージア州だな。どんな場面で出たんだっけか。
最後のクレジットを見ていて、そういやブルーズが何曲かかかったのを思い出した。ハウリン・ウルフのは目立つ形でかかっていたな。あと、クレジットによれば、ライトニン・ホプキンス、ジミー・リード。ケブ・モの名前もあったな。上記のギターを弾いてるのがひょっとしたらそうかも(調べてみたらやっぱりそのようだ)

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用心棒 [映画]

1961 日本
NHK BSプレミアム 2017年3月30日(木)9:00~10:52

黒澤特集※
ようやっと見る気になった。
冒頭のキャストクレジットで今作の主要キャストあたりに大物ばかりがいるのはわかるが、わき役と思えるあたりの一画面に10人くらい出るクレジットのところにも有名な人がたくさん出てくるのに驚く。
台詞が聞き取りにくいかと懸念していたが、そこは意外にも結構大丈夫。
ちょっと話が見えなくなるところもあった
これの未公認リメイクが『荒野の用心棒』というのは有名だが、これを見ながらこんな話だったかなあと思った。主人公が二つの組織を弄り回して壊滅に追い込むという話だが、こんなに露骨にやってたっけという印象。
殺陣の部分も有名らしいが、なにやらあまり綺麗でない
『ラストマン・スタンディング』というのが今作のリメイクだとは知らなかった。時折テレビでやってるがあまり見る気がしていなかった
また『ボディガード』、この作品は視聴しているのだが、そこに、今作が使われているというのも初めて知った。と思ったが、感想文に、「用心棒」が使われてることについても書かれている。見終えた後にウィキを読んで知ったようだ

スケジュール--
黒澤明の監督作が、明日3月23日から31日にかけてNHK BSプレミアムで放送される。

このたびオンエアされるのは「隠し砦の三悪人」「七人の侍」「生きる」「天国と地獄」「用心棒」「赤ひげ」「椿三十郎」の計7作品。放送スケジュールは下記を参照してほしい。

隠し砦の三悪人
NHK BSプレミアム 2017年3月23日(木)14:55~17:15

七人の侍
NHK BSプレミアム 2017年3月27日(月)25:15~28:43

生きる
NHK BSプレミアム 2017年3月28日(火)24:50~27:14

天国と地獄
NHK BSプレミアム 2017年3月29日(水)24:45~27:10

用心棒
NHK BSプレミアム 2017年3月30日(木)9:00~10:52

赤ひげ
NHK BSプレミアム 2017年3月30日(木)24:45~27:51

椿三十郎
NHK BSプレミアム 2017年3月31日(金)9:00~10:37
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ブエナ★ビスタ★ソシアル★クラブ [映画]

1999 合作
10/14(土) 00:15 -
NHKBSプレミアム|103分(上映時間 105分となっているがどういうことだろう)

キューバ音楽のドキュメンタリー。監督はヴィム・ヴェンダース。ライ・クーダーが音楽的なプロデューサー的役割を務めている
当時ずいぶん流行ったのでタイトルだけは知っている。自分もこういう辺境の地の音楽は多少好きだったので、きっといいものなんだろうと思いながらも聞くことはなかった。ずいぶん後になっての、つべで一時期いろんな音楽を聴きまくってたころがあって、そのときに、これ系統のものもずいぶん聞いた

関係のない話
ジョセフ・スペンス(Joseph Spence)をふと思い出した。この人はキューバだったかなとか、これが製作されたことはまだ存命だったかとかね。
調べてみると、バハマの人でキューバとは近いがキューバの人とはいえないな。亡くなったのは1984年。
おれが知ったのはアーロン・ネヴィルの『ウォーム・ユア・ハート』(Warm Your Heart)、1991年のアルバム。日本版の解説で、最後の曲のひとつ前、アイ・ビッド・ユー・グッドナイト "I Bid You Goodnight"(ライ・クーダー参加)について、チャック・ベリーとキース・リチャーズに関係になぞらえて書かれていたのを覚えている。キースがチャック・ベリーの弟子なら、ライ・クーダーはジョセフ・スペンスのそれ、みたいな感じでね。そういやこのアルバムはこのラストの方の曲順がドラマチックでアルバムというものの特性を感じられる作品だった。
ジョセフ・スペンスのギターというのはどこか独特なのだがどこがどう独特なのかよくわからない。和音とリズム、その組み合わせの妙なのだろう。
そういえば、ドクタージョンの自伝に唐突にこの人の名前が出てくる。プロフェッサー・ロングヘアについて書かれた章の最後で、フェスの音楽を称えた上で、「フェスの音楽は独特で、似ているように思うのはジョセフ・スペンスしかない」というような書き方だったと思う

さらに関係のない話
ドクター・ジョンのライブによく行った。公演名に「ドクター・ジョン アンド 〇〇」とバンド名がついているのだが、それが来日のたびに違っていた。バンドのコンセプトは同じでドラム、ベース、ギター、パーカッション、管楽器3本という構成だったと思う。つまり、バックバンドの名前はわりといい加減なものだったのだろうと思われる。
近年はザ・ロウワー・911(THE LOWER 911)という名前で、ドラム、ベース、ギターというシンプルな編成でずっとやっているようだ。
初めて行ったのが確か1991年のガンボ・ジャンボ・カーニバルでこのときは「ドクター・ジョン アンド ルイジアナルミノルドズ」とかそんな感じ。その次のときだったか、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」をモジったかのようなバンド名だった。なんだったかなあ。プレジャーなんて単語も入ってたはず。このころよく聞いてたピーター・バラカンのラジオでこのライブを告知したとき、「バンド名が洒落てますね」とか言ってた。当時「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」という言葉を知ってたから、それをモジったのかなと思ったはずでその活動が始まったのが1996年かあ。変だな、そのころはもうライブなんて行ってないような気もする。ほかに検索すると「Zulu Social Aid & Pleasure Club」というものを始め、いくつか出てくるから、そこら辺をモジったものなのかもしれない。

ガンボ・ジャンボ・カーニバルのときのルミノルドの意味が分からないながら格好良いと思った。そういやこのときはドクター・ジョン単独の日と、ネヴィル・ブラザース、アーマ・トーマスのジョイント(ドクター・ジョンの出演はなし)のときと行ったのだが、ネヴィルのほうはなんとアーロンが腰痛とかで、代わりにということで、ドクター・ジョンがギターでネヴィルパート全部に出演したという珍しいこともあった。ネヴィルのそのころのオープニング曲は「ポッキーウェイ」とメドレーでドクター・ジョンの「I Walk On Gilded Splinters」を取り上げていて、その場面で本人が歌って盛り上がってたっけ。またアンコールではアーマ・トーマスも出てきて、ハウリン・ウルフの「wang dang doodle」。このイベントに参加していた三者が揃ったのはこのときだけだったのでは。でもドクター・ジョンのファンであったおれでもアーロンの欠席のほうがショックだったけど(このときがネヴィルの初めてのライブ)

その当時行っていたライブのバンドメンバーは地味に有名どころが多くどこを見ていいのか迷うほど見ものであったはず。自分はドクター・ジョンばっかを目当てにしてたけど。アルヴィン・レッド・タイラーは亡くなるまで毎回来ていたと思う。ロニー・キューバー が来ていたときもあったと思う。アンコールのときに、ステージから皆がはけるが、彼が最後尾で、はけるふりをしながら、ステージ上に体を残したまま足踏みをして、そのまますぐ戻ってきたのを覚えている。どうせすぐアンコールやるのは決まってるのだからという茶目っ気である。
ドラムは毎回違っていて、毎回著名な人たちだったはず。「ガンボ」のフレディ・スティール(Fred Staehle)が来た時もあったはず。ハーマン・アーネスト(THE LOWER 911にも名前が見える)のときもあったな。Johnny Vidacovichなんて名前も思い出したが、これは違ったかな。ギターも頻繁に変わっていたような。白人の人のときもあったし、黒人の人のときもあった。ヒュー・マクラッケンいたときもあったような気がするが、これは勘違いかな。
逆にベースは毎回同じでデヴィッド・バラード(David Barad)という人。THE LOWER 911でもやっていて、ドクター・ジョンとずいぶん長いことやっている。
パーカッションはどうだったかなあ、一回、マルディグラ・インディアンのビッグ・チーフだというチーフ・スマイリー・リックスという人が来ていたのを強烈に覚えていて、それ以外の回にパーカッションの人がいたかどうかもちょっと忘れた。チーフ・スマイリー・リックスという人についてはCDを見つけて購入した覚えもある。ライブではオープニング「アイコ・アイコ」でドクター・ジョンが出てくる前から、チャントを叫び、客を煽ったり、最後のメンバー紹介の場面でみな紹介される際、自分の楽器を弾くのだが、彼は、「リトル・ライザ・ジェーン」をやっぱりチャント風にやったり。そうだ、最後のドクター・ジョンがステージから去るときのテーマミュージック「It Aint My Fault」(Smokey Johnsonというニューオリンズの有名ドラマーの曲で後年につべでいろいろ音楽を聴いていたとき、この曲が有名なものだということを知った)の際も、ラップ風にドクター・ジョンを紹介してたっけな。ライブ終わったら女の子に電話番号渡してたのも見た。
いま、ドクター・ジョンの個別レコードのウィキを見ていたら、当時製作されたものの参加ミュージシャンにこのころのライブにいた人の名前が散見できるので列挙しておく
ボビー・ブルーム - ギター
チャーリー・ミラー - トランペット
エリック・トラウブ - テナー・サックス

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日の名残り [映画]

1993 イギリス 評価S
09/16(土) 19:00 -
BS12トゥエルビ|150分

次に何を見ようかと録画してある作品の紹介文を読んでいてびっくり。先日ノーベル文学賞を取ったカズオ・イシグロ原作の作品である。放映日はその受賞発表の半月ほど前である。BS12トゥエルビはこれを予感していたのだろうか。NHKですぐ放送しそうだな
カズオ・イシグロについての報道をいくつか見ていたが、経歴で必ずといっていいほどこの作品が挙げられていた。映画化されたというある意味説明しやすい作品でもあるのだろう。
主演アンソニー・ホプキンスがすごい。
クリストファー・リーヴが重要な役で出ているのに多少驚く。スーパーマンをやった後怪我をして車いす生活になってしまい、その車いすで何かに出演したというような話を読んでいたからだ。調べてみると怪我をしたのが1995年とあるから、この作品のすぐ後だ。
作品はイギリス貴族、ダーリントン卿に仕える執事の話で、作品内の現在が第二次世界大戦後、作品のメインを占める過去が第二次世界大戦前夜あたりである。まず現在の状況が映しだされ、そこから過去の回想に入っていくという導入。過去の部分が多く描かれているが、時折、現在に戻る。こういう風に描かれると時折話が追えなくなるのだが、この作品ではそういうことはなかった。といって、あからさまにわかりやすく場面転換してるわけでもなく、普段の自分なら混乱しそうなもんなのだが。
この主人公の執事スティーヴンスの仕事ぶりから浮かび上がるイギリス貴族の生き方、そしてスティーブンスと同僚となる女の執事ケントンの奥底では恋しあっているのだが、表面には決してでてこないというやり取りがメイン。そして双方が思いあっていることが強調される場面が最後の方に二か所。ケントンがその屋敷を辞めると言い出す場面。そして映画のラストとなる映画内時間の現在、20年ぶりに再会する場面。
静かなトーンで描かれ、どこか悲劇的な展開になりそうな進行。これはたぶんそう思わせるような音楽のせいでもあろう。見終えてみるとそれほど悲劇的な場面はなかった。いやちょっとあったかな。仕えてる貴族がその平和志向が仇となり、戦後ナチとの協力のせいで非難に晒される場面とか。
ちなみにクリストファー・リーヴは現在のスティーブンスが使えるその屋敷の新たな所有者であり、また彼は過去時間では、そのアメリカの政治家(アメリカの成金の息子と紹介されている)としてダーリントン卿の屋敷に招かれ、ヨーロッパ貴族の政治への関与を非難するという役回りである。
ただ映像芸術として出来が良い一方、文学的匂いというのはあまり感じず、原作への興味というのもそれほど湧かなかった。つまり普通の良い映画というだけのことである。
そうはいっても、そんな原作に興味を湧かせるような映像作品なんてどんなものか想像できないともいえるけど。でもこのメモブログにも書いたことあるかもしれないが文学的な映画と評されるものもあるのは確かで。ちょっと思い起こしてみると、例えば「細雪」なんてのは、あの映画が小説とどれだけ近いのかもしくは遠いのかよく知らんし、小説の方は読んだことないが、原作の方に興味は湧くような作りであるように思う


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許されざる者 [映画]

1992 アメリカ
10/02(月) 21:00 -
NHKBSプレミアム|132分

クリント・イーストウッド監督、主演
クリント・イーストウッドの主演作品(ほとんど主演の作品しかないが)には割かし、彼に並ぶ格の俳優が出てこないという印象なのだが、今作品には共演にジーン・ハックマン、モーガン・フリーマンという大物(リチャード・ハリスという人も出ているな)。といってもこれはあくまで自分の感覚での印象であり、また例外も多数あるのはわかっているし、また後者ふたりがクリント・イーストウッドと同格かというのも疑わしいけど。とにかく自分の知ってる範囲での大物俳優とあまり共演しないで、ひとりだけがただ君臨するという感じの作品が多いように思うということだ。
名作と誉れ高いだけあって、通常の西部劇より深いような感じもするが、前半はちょっと退屈。でも上記の俳優を眺めているだけでも面白い。モーガン・フリーマンはどうなのかな。西部劇でガンマンという役どころ、黒人で演じるとその典型例がないので、ちょっと違和感あるが、これも偏見だろうか
後年、日本で舞台を明示時代初期にした今作のリメイクがあり、これは既に見ている。この作品のことはよく覚えているような気がした(雪景色などいくつかの場面が思い浮かぶ)が、今作を見ていて、あまり覚えていないことに気づいた。多分ほとんどそっくりに作られていると思うのだが、この後どうなるということがほとんどわからなかったのだ。でも、ところどころ思い出すこともあり、例えば、人間の評伝を書こうとしている物書きというキャラクターや、主人公たち一団が賞金稼ぎの殺しを行うというメインストーリーの前に、街に姿を現すが保安官に追い払われる別の賞金稼ぎというキャラクターなどは、そういえばそんなのがいたなあという感。

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真夜中のサバナ [映画]

1997 アメリカ 吹替版
09/27(水) 17:58 -
BSジャパン|115分 (上映時間 155分。大幅カットか)

クリント・イーストウッドが監督、出演はしていない。代わりにというわけではないが、娘のアリソン・イーストウッドがわき役。
ジョン・ベレントの1994年の同名のノンフィクション・ノヴェルが原作(映画、小説とも原題は「Midnight in the Garden of Good and Evil」
主役は雑誌のライターで取材に訪れたサバナというアメリカ南部で出会った事件について調べていくという話。このライターはイーストウッドが演じるようなキャラとは大分異なっており、そりゃそうだ、似通ってるなら自身が演じているだろう、また年齢も若い。
変てこな話で最後まで見てもなにやらモヤモヤした感じがするサスペンス。アメリカ南部ということで呪術的とでもいえばいいのか、そういった人物や事象がかなりたくさん描かれる。これについては原作小説のほうのウィキにこうある
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但、ブードゥー教の呪法やゲイ・クィーンのシャブリなど、明らかにディープサウス趣味に走り過ぎの傾向もある
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また一部引用するが「ポンコツ映画愛護協会」というサイト(自分の見たものを検索したとき上に出てきていると読むようにしている)の文章が非常に的を得ているように思う。
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サスペンスとしては、冗長だしユルい。
ミステリーとしては、真実が明らかにならない(匂わせることも無い)のだから不完全だ。
しかし、原作がミステリー小説ではなくノンフィクションであること、そして実際の事件も謎が解明されないままで終わっていることを考えれば、そうなっても仕方が無い部分はある。

そもそも、クリント・イーストウッドが、この映画をミステリーやサスペンスとして演出しようと思っていないように感じる。それよりも、彼はサバナという町の持つ不思議な魅力に惹かれ、それを観客に伝えようとしているのではないだろうか。
序盤、マーサー邸で絵の奥に別の絵が隠されている作品を見たジョンが、ジムに向かって「何が描かれているか知りたいでしょう」と尋ねる。この時、ジムは「いいや。謎を楽しむのもいい」と答える。
この映画は、そういう意識で作られているのだ。謎を解き明かそうとするのではなく、謎めいた町を楽しもうという意識で作られた映画なのだ
(中略)
公判が始まっても、相変わらずノンビリしたムードで話は進み、ジョンが黒人の舞踏会に出席するという、裁判や事件とは全く関係の無いシーンが挿入される。しかも、そこではシャブリが勝手に乱入し、完全に主役の座をかっさらっていく。
シャブリは、その後の法廷シーンにも登場し、そこでも完全に主役の座を乗っ取る。コメディー・リリーフのような存在のシャブリが主役の座を奪うのだから、そこに緊迫感など生まれようはずもない。すなわち、監督に緊張感を出そうという意識が無いのだ。

この映画は表向きは殺人事件が主軸だし、ケルソーが主人公だが、実際は違う。
本質的な主役はレディ・シャブリであり、サバナという不思議な町と、そこに住む奇妙な人々を描く映画なのだ。
それに比べれば、事件の真相など、別にどうだっていいのだ
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上記引用文にあるがレディ・シャブリという人が非常に目を惹いた。なにものなのかと調べてみると、英語版ウィキに「drag performer」とある。なおさら何が何やら。まあそういった文化的背景から女優や著述業をやった人らしく、原作にも出てきて、本作ではほぼ自分役(ちょっとだけ名前を変えている)。この原作に出てくることが、彼女の世に出る最初だったようだ。
また、彼女の吹替の声が誰かに似ていて、もう「ここまで出てるのに」という感じなのだが誰だかわからない(追記、数日後ふと思い出した。漫才のあした順子さんだ)。吹替の声をあてているのは瀬畑奈津子となっているが、自分が思い浮かべているのは、自分のよく知ってる人だから、これは違う(というか瀬畑奈津子さんという名前はこれまで知らなかった)。
上記引用サイトにシャブリのトーク・ライヴの場面について書かれているが、これは全編カットされていた。上記の上映時間を見てもわかるが大幅にカットされているようだ
面白くもない作品だが、南部文化を描いたものとすると、全編見てみたい気にもなる

出演はジョン・キューザック、ジム・ウィリアムズなど

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トゥルー・クライム [映画]

1999 アメリカ 吹替版(野沢那智)
09/27(水) 20:00 -
BSジャパン|114分(上映時間 127分)

クリント・イーストウッド監督・主演。当時69歳か。小さな子供持ちの役だが、ちょっと老けすぎで無理があるような。
エンターテイメント作品としては最初から最後まで惹きつけられ、面白く見れた。んだけど、全体的に都合が良すぎで劇的展開もそれが過ぎてしまっていて白ける。最後の方にカーチェイスの場面もあるが、これも内容からして不要、というかそんなことせずに決着つける方法ありそうだし(電話するとか)、あんなことやって警察に止められたら、目的が達成できない。リアリティ欠如。ちゃちな感じがしてしまう
過ぎる劇的展開の最たるものは、ラスト。主人公スティーブ・エベレット(クリント・イーストウッド)は新聞記者でその日死刑が行われる予定の死刑囚ビーチャムの無実を晴らすという話で、そのビーチャムが死刑が行われる直前に無実の証拠をつきつけるという展開。その直前というのがほんとに直前で、死刑の方法は薬物、薬品の入った試験管3本を注入するというやり方。ビーチャムが執行される場所に連れられ、ベッドに固定され、注射がセットされ、時間になり、薬物注入が始まり、2本目の途中で執行停止命令の電話が入り、停められる。劇的狙って狙いすぎだな、こりゃ。薬物注入が始まる直前に停めるでもいいじゃんと思う。
まあ、これはそうしなければならない理由もあるようで、その2本目の途中で注入が停まり、しかし、ビーチャムは生きてるのか死んでるのか、見守っていた彼の妻がビーチャムの名前を叫びながらその部屋の窓をたたく場面でその場面は終わる。
おれはこれを見て、頑張ってはきたものの死刑執行を停められずほろ苦い結末なのかなあなどと思いながらその後を見ていたのだが。次の場面はエピローグ。エベレットが店に入り女店員と軽口を叩きあう。会社を辞めさせられ、妻からは離婚されという状況が台詞からわかる。が女店員の口からは、彼が良い記事を書いてベストセラーを出し、ピューリッツァー賞を取ると噂されているということもわかる、ということは会社を辞めさせられたのではなく辞めたのだろうと推察できる。店から出て、外でサンタの滑降した黒人と、これまた軽口を叩きあった後、近くを通りかかるビーチャム一家を見つけ、ビーチャムと合図を交わすエベレットでエンド。ビーチャムは生きていたということだ。

都合よすぎなところは全体的にそうなのだが、この死刑囚の事件をエベレットが担当することになったのはその死刑執行まであと数時間というところ。そして、それを担当していて、その日も「死刑を迎えるビーチャム」の取材をする予定だったのはエベレットの同僚ミシェル。彼女は冒頭でエベレットと飲んでる場面があり、彼と別れた後に事故で死んでしまい、エベレットが引き継ぐことなったのだ。
エベレットが数時間で真相を掴んだこの事件、ミシェルはどのくらい担当してたか知らんが、無能すぎるだろう。まあ、ミシェルの調べた材料を元にエベレットが真相にたどり着いたという面もあるが。
またミシェルが死ななかったらビーチャムの無実は証明されたのだろうか、つまり、死刑執行の日ミシェルだったらエベレットほどの活躍ができたのだろうかとなると、これも甚だ疑問で死んでよかったとなってしまう。ミシェルが死刑執行の日に無実を証明するなら、もうちょっと余裕持って早く証明してやれとも思う

そういやそのミシェルの場面もそうだが、ラストのカーチェイスに入る前の場面、エベレットは酒を飲んでいて、店主から今日は酒飲み運転は止めておけよと言われている。アメリカって酒飲み運転おkなのだろうか。映画でちょくちょくそういう疑念のある場面があるように思う

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何がジェーンに起ったか? [映画]

1962 アメリカ モノクロ
09/23(土) 18:15 -
BSデジ 200|134分

ストーリーなどはウィキに譲るとして、いやぁ怖い。サスペンスの王道という感じのする作品。
監禁の話で妹が姉を監禁しているという構図。監禁というか姉の足が悪く、2階にいるが、妹が面倒見ないのでそこから出られないという状況。
まず1917年、妹ジェーンが名子役として人気という状況が映され、次に1935年、姉のブランチが女優として成功、ジェーンは女優ではあるものの売れていないという状況が映され、タイトルクレジット。ここまで短い時間で状況が説明され、本編。上記のようにブランチが足の不自由な状態で二階に軟禁、ジェーンがそのブランチの面倒を見ているというところから始まり、その最初のところからジェーンがブランチを虐待しているという状態ではあるのだが、作品内で時間が進むにつれ、それがどんどん過剰になっていく。
ブランチは逃げ出そうと何度か試みるが、すんでのところでジェーンに見つかり絶望の状況へ、というのもサスペンスでのお約束的展開。

監督はロバート・アルドリッチ。ワイルド・アパッチ、ロンゲスト・ヤード、北国の帝王と3本見ている
ジェーン役がベティ・デイヴィス、ブランチ役がジョーン・クロフォード。ウィキを読むと、この二人のエピソードがかなりすさまじい(監督のアルドリッチも含めてか)
ベティ・デイヴィスの娘バーバラが姉妹の隣家の娘役で出演
ベティ・デイヴィス、そのタイトルクレジットなどのあとの本編最初から、狂気をむき出しにした感じの悪役ぶりで怖い。のだが、見ていくうちにすげーうまいなと思った。ジェーンが外に出て第三者と対するときは、普通の(アメリカ田舎町の)そこらへんにいそうなおばさんになっており、また往年を思い出しレッスンを始めるという場面で歌を歌いだすと、元スターのオーラがありと表情が変化するのがすごい。

最後の方ではブランチが手を縛られ口にガムテープというような状況になるが、あれ食べさせてるのかね、なんでその状況で死なないのかがちょっと変。
ラストではブランチのあっとおどろく告白でどんでん返し。
良いサスペンス作品だった

序盤の年号の確認のためにもう一度見直したら、1935年の場面に続いて、今作品の肝ともいえ最後に明かされるブランチが足を負傷した事故の様子がそれとはよくわからない風(一度全部見終えてもう一度見直せばわかる)に挿入されていた(そのあとにタイトルやキャスト&スタッフのクレジット)。

音楽は古い映画風というか、延々作品の情景にあったものが流れており、まさに映画音楽という感じ。古い映画風と書いたが、今でもこういうスタイルはあるとは思う。
これについてちょっと思いついたのだが、これってミュージカルの歌詞のないものとはいえないだろうか。ミュージカルは台詞が演者によって歌われることにより進行していくのだが、それは作品の場面場面に応じて、悲しいメロディであったり、勇ましいメロディであったり、情感込めて盛り上がったり、静かに流れたり。それの台詞をなくしたもののように、ある場面では盛り上がり、衝撃的場面では、それをさらに効果的にするためのものになっていたり。



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